オンライン小説~銀の騎士~剣と魔法のファンタジー物語

銀の騎士外伝-金の王子-

第2章~陰謀~

オンライン小説~銀の騎士~剣と魔法のファンタジー物語

(2)

「いい天気だ。」

母親を亡くした二十一歳の春は、いつにもまして暖かく平和的だった。

哀しみはいつまでたっても、やってこなかった。今でも王妃は王宮の奥深く、微笑みをたたえながら揺りいすに座っているように感じられる。いなくなったという実感は未だ湧いて来なかったのだ。ただ時折、埋葬された時の王妃の白い顔が浮かび、胸がわずかにチクリと痛んだ。

セラムは自分に与えられた王宮の中の隔離された庭で、白い犬と共に歩いていた。あんなに太っていた犬は、今ではすっかり痩せ衰え、足取りもおぼつかない。以前はこの庭を喜んで走り回ったというのに、今ではゆっくりと歩いては時々ボーッとして立ち止まり、ハアハアと息を吐きしばらく休むとまたヨチヨチと歩き出すという風だった。

セラムは毎日この犬の歩調に会わせてゆっくりと庭を歩き回った。
思えばこのふさふさの毛を持った白い犬と、サンバールだけがずっと変わらずセラムの側にいた。

「セラム……。お前の名だったな。」
セラムは立ち止まって、宙をぼんやり見ながら休んでいる犬の側にしゃがみ込んだ。
背中を毛並みにそって撫でてやると、満足そうに目をつぶる。

「お前がもう少し若かったら、狐狩りにも一緒にいけるのに。」

セラムは犬を引き寄せて抱きしめながら頬ずりをした。
犬が迷惑そうに顔を背けるが気にしない。

草を踏みしだく足音が近付いて来る。聞きなれた足音だ。
ここに来てから5年間、毎日のように聞いている優しい足音。

「おはようございます。」
「おはよう、サンバール。」

「セラムが厭がっていますよ。」
「そんな事はない。」

セラムはますますひつこく犬を抱きしめた。
サンバールはそんなセラムの子供っぽい行動にふと顔を綻ばせ、穏やかに微笑んだ。

「今日は裏の森に狐でも探しに行きましょうか?」

先程の独り言が聞こえていたのだろう。サンバールはセラムを覗き込んでにっこり笑う。セラムは嬉しそうな様子を見せまいとわざと不機嫌な表情をつくっているが、内心は嬉しいに違いない。

「行ってもいいよ。」
ぶっきらぼうにそう言うが、頬が上気している。

”21歳になったというのに、いつまでも子供のようなお方だ。”
サンバールは慈しむようにセラムの美しい横顔を見つめている。

裏の森は王宮の敷地内で、要所要所に警備隊が配置されており、二人だけで出かけて万が一何かがあっても安心だった。しかし人の気配のあるこの森で、狐を見つけるのは難しい。
王宮の外に広がるバルボーンの大自然。そこには手付かずの自然が残されている。狐だけでなく熊や鹿や、その他見た事もない危険な動物がたくさんいるだろう。

王はセラムを過保護と思えるくらい大事にしているように見える。跡継ぎの第一王子だからというだけではない。亡くなった王妃様にそっくりの、人ならぬうつくしさのせいだろう。だからといってセラムを側に置くという事もなく、実際にはサンバールに任せきりだったが、王宮の外に出る事は堅く禁じていた。

そもそも、十五歳になるまで家臣の殆どが第一王子の顔を知らなかったのも、王の過保護が原因だった。

大事に隠しておく事で、王子に危険が及ばないと考えるのは間違っている。もっと色々な人間と接した方がよい筈だ。サンバールは初めて引き合わされた十七年前からずっと第一王子の扱いに不満だった。

他にごっそりといる側室達の産んだ王子や王女は、何の制約もなく自由に暮らしている。王立アカデミーにも通っていたし、友達もたくさんいて、城の外にも自由に行けた。セラムだけが第一王子として、ごく限られた人間としか会わせられず、二十歳も過ぎたというのに何の役職も与えられない。政治的にも軍事的にも何の仕事もない。王になる日まで毎日ただ日が過ぎていくのを待っているだけだ。こんなに何からも隔離されていては、王になっても何も出来ないではないか。
怒りを口にする代わりに、眩しそうに目を細めた。

「さあ、支度して下さい。」

サンバールはセラムの腕に手をかけて立たせると、服の裾についた草を払ってやった。
白い犬は怠惰そうに、立ち上がる主人をゆっくりと見上げ、ひと呼吸おいてから観念して立ち上がったのだった。

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