第3章~刺客~
オンライン小説~銀の騎士~剣と魔法のファンタジー物語
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「王子殿下、本日は普段着の仕立てをする日でございます。もう、仕立て屋が控えの間まで来ておりますので。」
いつもと違う見た事のない侍女が、セラムの寝室の窓にかかった、ビロードのカーテンを開きながらそう言った。
「いつもの侍女はどうしたのだ?」
セラムはとうに目覚めていたが、まだ眠いような素振りで素早く考えを巡らせた。何でもない風を装って聞いたつもりだったが、声に動揺が出てしまったので、慌てて寝ぼけたふりを決め込んだのだった。
「いつもの者は里帰りでございます。私は三日間、王子殿下のお身の回りのお世話をさせていただく栄誉を仰せつかりました。」
侍女はゆっくりと膝を折った。
視線をあわせないようにして頭を下げ、部屋から出て行こうとする侍女を、セラムは尚も呼び止めた。
「誰に言われたのだ。私の世話をするようにと。」
「里帰りの侍女頭様でございます。昨晩呼ばれ、お世話の手ほどきを受けました。」
侍女は戸惑った様子で下を向いている。高貴な方と目をあわせてはいけないと教わったのだろう。王子から直接声をかけられるなど、考えていなかったに違いない。
「他の侍女たちはどうしたのだ。」
セラムが訝しむのも無理はない。控えの間に詰める侍女は、侍女頭のサーラ以外に四人いるはずだ。それを突然、見た事もない侍女が部屋に入って来たのだ。普段なら、セラムが起き出すまで、侍女は部屋には入って来ない。朝一番にセラムと顔をあわせるのは、サンバールと決まっているからだ。
サンバールがそう手配した。自分が到着するまで、誰も王子殿下の部屋へ入るなと。命を狙われ始めた春の日以来、侍女も変更しないようきつく言われていたはずだった。
「サンバールはまだか。」
「リュニアル様は本日、いらっしゃいませんが。」
当然の事のように言う。首をかしげる侍女に、突然まくらを投げ付けたい気持ちになった。セラムは聞いていない。今日、サンバールが来ないなどと言うこの侍女を、すぐに追い出してサーラを呼びたかった。
「他の侍女を呼んでくれ。誰でもいい。」
セラムは諦めて言った。この娘は何も知らない。
サンバールがここに来ない日などあり得ないと言うのに。
「それが……。」
侍女は扉の前でぐずぐずしている。セラムの機嫌が悪いので戸惑っている様子だ。
しかし、それだけではなかった。
「どうしたのだ。はやく他の侍女を呼んでくれ。」
「あの、控えの間には私と仕立て屋しかおりません。他の侍女たちは、いません。」
「そんな事があるか!」
つい、語調を荒げてしまった事に気づき、セラムは手を握りしめた。
ベットから出ながら懸命に考える。何が起こったのかを。怯え切った侍女の肩に手をかけて、
「すまない。仕事に戻ってくれ。」
とだけ言うと、侍女より先に居間へ出た。
「お、王子殿下、お着替えは……。」
「いい、自分でする。」
素っ気無く言い放ち、夜着のまま控えの間に続く大きな扉を開けた。
心臓が止まりそうなほど驚いた。
いつもは侍女たちが、たわいのないおしゃべりを繰り広げているはずの控えの間には、見知らぬ男が一人いるだけだった。
「お前はなんだ。」
「し、仕立て屋でごぜぇます。いつもの者が今日は出ておりまして、あ、あ、あ、あっしがかわりに来ましたんでごぜぇます。」
仕立て屋の男は、頭を床に擦り付けるようにして、どもりながら早口で言った。仕立て屋にしては粗末な服装をしている。王宮に出入りする仕立て屋は普通、流行の最先端の格好をしているものだ。
セラムは鼓動が激しくなるのを堪えながら、大きな音をたてて控えの間の扉を閉め、まだぐずぐずしている侍女を寝室から追い出した。
「セラム!!」
居間に出てしまった大きな犬を呼びながら抱え上げ、寝室に入れる。
「お、王子殿下、どうなさったのです。」
戸惑う侍女にもお構いなしに、セラムは寝室に籠り、鍵をかけた。
「具合が悪い。エリックを呼んで来てくれ。仕立て屋には帰ってもらえ。エリックを知っているな。侍医長のエリックだ。今すぐに、エリックを呼べ。エリックかサンバールが来るまで、誰にも会わない。」
セラムは寝室の扉の内側からそれだけ言うと、さっき侍女が開けた窓やカーテンを、すべて閉じていった。
”これはわなだ。あの仕立て屋は暗殺者だ。サンバール、早く来てくれ。サンバール!”
気分を落ち着けようと、ベットサイドの水差しに手をのばしかけてやめた。あの新しい侍女が用意したものだ。毒入りに決まっている。
寝室の扉をどんどんたたく音がした。
「殿下、ここを開けて下さいませ。どうなさったのです。お加減がお悪いのなら薬草茶をお飲み下さい。」
「エリックはまだか。」
「今呼びに行かせています。エリック様がお見えになるまで、どうか私にお世話をさせて下さい。」
おかしな事を言う。さっきあれほどきつく、エリックが来るまで誰にも会わないと言ったはずなのに。しかも新米の侍女がああもはっきりと、王子に意見出来るものだろうか。
”侍女も刺客か。”
エリックを呼びに行かせていると言うが、誰に行かせたと言うのか。
セラムは誰もいなかった控えの間を思い出していた。
よく考えるとおかしな事はまだあった。仕立て屋は今まできっかり五日おきにやって来ると決まっていた。最後に仕立て屋が来た日から、まだ四日目だ。本来なら明日来るはずの仕立て屋が、しかもいつもと違う仕立て屋が、侍女頭もサンバールもいない今、なぜ来たのか。考えなくてもわかる。王子を殺しに来たのだ。
侍女はまだ扉をたたいている。
もし、仕立て屋を装った男と二人で扉を破って、王子を亡きものにしようと企んでいたら……。見ている者は誰もいない。エリックは来ない。サンバールも。それなら一人でここを切り抜けるしかない。セラムは泣き出したい気持ちになった。
ぐるるる……
いつもおとなしい犬が扉に向かって唸り始めた。仕立て屋の男が扉を破る為にやって来たのだろうか。犬には敵がわかるのかもしれない。
セラムは決断を迫られていた。
外は寒い。今は降っていなかったが、積もった雪は凍っている。
”籠城か、逃げか。”
今すぐ決めなければならない。今すぐに。
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