オンライン小説~銀の騎士~剣と魔法のファンタジー物語

銀の騎士外伝-金の王子-

第3章~刺客~

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(7)

それからのサンバールは、凄まじい勢いだった。
偽の侍女と仕立て屋の人相書きをつくらせ、あちこちにばらまいたり、王宮内の使用人という使用人すべてに面談をして話を聞いたり、休む間もなく動き回った。

近衛騎士団長ユニック・ドルチェ・リュニアルは、リュニアル家の長子であり、サンバールの兄だった。サンバールは七歳の時から家を出て以来、ずっとセラムと行動を共にして来た。だから兄弟とはいえ、ユニックとそれほど親しく付き合っている訳ではなかった。尤も年令も離れていたので、リュニアルの屋敷にずっといたとしても、結果は同じだっただろう。

この時ユニックは三十代半ば。騎士団長として若き騎士達の指導に余念がなかった。近衛騎士団は、主だった重臣達の子息で形成されており、誰が団長になってもおかしくはない。誰もが団長になる野望を胸に秘めていた。

国王に団長として任命された時、ユニックはリュニアル家が他の貴族達よりも行く末安泰であると確信した。自身は近衛騎士団長というこの上ない出世を果たし、末の弟は次期国王の片腕となっている。政権交代が行われたとしても、リュニアル家が衰退する事はあり得ないだろう。あの、何を考えているか全くわからない変わり者の弟が、とんでもないヘマをしでかさない限りは。

ユニックにとっては、騎士を目指さず、本ばかり読んでいた弟サンバールは、変わり者以外の何者でもなかったのだ。彼は弟が野心も出世欲も持たず、男としての覇気が欠如している事を嘆いていた。

そのサンバールが、彼らしくない荒々しさでユニックを訪ねて来た時は、何事かと驚いたが、世継ぎの第一王子のお命が狙われていようとは、思いも寄らぬ事であった。第一王子が亡くなれば、弟は唯一の出世の道を閉ざされる。あの欲のない弟に、今更別の道を掴み取る事など、出来はしないとわかりきっていた。それはリュニアル家にとって、非常に都合が悪かったのだ。

ユニックは出来る範囲で第一王子の身を守る事を約束した。もちろん王の命令がないのだから、あまりに出過ぎたまねは出来ないが、ユニックに与えられた権限をフルに活用して、ひ弱な第一王子を守る決意だった。

第一王子は王妃様に似て、お体が弱いと噂されている。それ以上に気が弱いらしい。王になったとしてもサンバールの言いなりに違いない。そうなればリュニアル家は最高権力を手に入れたも同然。リュニアル家こそが、王宮を牛耳れるのだ。

ユニックは、最善の警備を命じると共に、似顔絵の謀反人を見つけたものに、賞金も出す事にした。もちろんリュニアル家の私費からだ。そして、何か分かったらすぐに知らせると、サンバールに約束したのだった。

打つべき手は全て打った。これ以上、サンバールに出来る事は、何もないように見える。しかしその努力も虚しく、あの日の侍女と仕立て屋はどこにも見つからなかった。

やがて季節は移り、初めての暗殺未遂から一年が過ぎようとしていた。

サンバールが犯人探しに奔走していた半年の間、セラムはずっと特別医務室でエリックと、世話話しをしながらお茶をすすっていたのだった。まるで一気に三十は老け込んだような気分だ。
おかげで、王宮中に、第一王子が虚弱であるとか不治の病であるという噂まで、広まってしまった。

王子――実際は王子の身替わりだが――が、半年も部屋に隠りきりなのだ。それもいたしかたあるまい。それにもしかしたら、部屋にいるのは身替わりで本物は医務室にいるのだと、とっくに知れ渡っているのかもしれない。いずれにしても、セラムにはどうでもいい事だった。

セラムは、間もなく二十二になろうとしている。今年こそは、遊学の旅に出る事を王に許可してもらわなければならない。このまま何も知らずに閉じ込められたまま、いずれ王に祭り上げられるのは、まっぴら御免だ。

王も五十代半ばになり、昔のような勢いはなくなっている。いつ突然倒れるかわからない。そうなれば、嫌でもお飾りの国王に据えられ、ますますどこへも行けなくなるのだ。

顔も知らないどこぞの姫君を王妃に迎え、意味もわからない書類に大臣の言う通り調印し、退屈な会議に出席させられ、結局重臣達の意のままに決定させられるのだ。
考えれば考えるほどうんざりだった。

それに、いつまでも医務室でエリックの邪魔をしている訳にもいかない。たとえ暗殺者が捕まらなくても、いつかは部屋に戻らなければならないし、もし運良く捕まったとしても、第二第三の暗殺者が送り込まれるだけの話だ。

次にサンバールが来た時、はっきりと言おう。セラムはそう決めていた。もう、暗殺者を見つけなくてもいいから、前みたいに一緒にいてくれるように。そしてまた、国王に謁見を申し出よう。
むくむくした白い犬は今、リュニアル家に預けられている。セラムが医務室に来てしまったからだ。いくらかわいくとも医務室に犬を入れる訳にもいかなかったので、サンバールが屋敷に連れて行ったのだった。

”セラムはどうしているだろう。毎日寝てばかりいるのだろうか。”
離れて半年しか経っていないのに、はるか昔を思い返すように犬の事を懐かしく思った。

その頃、王は王宮の最奥にいた。王妃亡き後、王の寵愛をかさに奥で実権を握っていたのは、デュライラ夫人である。第二王子の母でもあった。

彼女はもともと国王付きの侍女であったのが、美しさを武器に後宮にのし上がったしたたかな女性だ。争いも多い後宮の中で、第二王子の母であるという事を除いても、野心家で人脈づくりにも長けた彼女には、充分発言権があった。

そのデュライラの居室で、王は寝前の酒をたしなむところであった。
「最近よくない噂を耳にする」

王は、デュライラの差し出したぶどう酒のグラスを弄びながら、苦い表情で口を開いた。
「どんなお噂ですの?」
デュライラは王に背中を向けたままだ。その声に動揺は見られない。

「あれが……第一王子が、命を狙われているという……」
王は語尾を濁し、手の平で暖めていた酒を一気に飲み干した。デュライラは答えない。

「あれがいなければ、そなたの第二王子が王位継承権第一位となると……」
「まあ、物騒なお話ですこと」
デュライラはあくまでも気のない素振りを崩さない。
王は空になった盃を弄びながらあらぬ方を見ている。

重苦しい沈黙が時を支配した。お互いに相手の顔を見ようとしない。
「滅多な事は慎むがよいぞ」
やがて王が立ち上がりかけながら、小さな声でポツリと言った。

「わたくしが何かするとでも?」
振り向いたデュライラの瞳が妖しく光る。
しばし、二人は黙って見つめあっていたが、やがて王の方がゆっくりと目を逸らした。

「そう噂する者もいるという事だ」
「わたくしには覚えのない事です。いったいどなたがそんなお噂をたてたりなさいますの? わたくし、抗議いたしますわ」

「よい、事を荒立てるな。だが誰の仕業か知らぬが、愚かな事だ。わしはあれが死んだからとて、第二王子に王位を譲るつもりはないというに……」
デュライラは何も答えず、王の背中を睨み付けている。

「今宵はやはり自室で休むとしよう」
出て行きかけた王の前に、デュライラがすばやく躍り出す。
そして、挑むような口調で王を見上げた。

「では第一王子様が亡くなったら、どなたが王位継承権を持つというのです」
「やはり、そなたが……」
「まさか。わたくしは何もしておりません。ですが、第一王子様のお命を狙う者があるなら、心の準備も必要かと思いますわ。なぜわたくしの王子は王になれないのです」
王は困ったような顔でデュライラを見返したが、彼女は一歩も譲る気配がない。
仕方なく溜め息をつく。

「そなたにはかかわりにない事だと言うても、無駄のようだな」
デュライラは答える代わりに一層強く王を睨み付けた。

「こんな事はそなたに言いたくはなかったが、王になる為には母親の身分も関わって来る。第二王子では重臣どもが納得すまい」

王は愛妾の怒りに満ちた顔を見るに絶えず、さっと目を逸らした。
王がきまり悪そうに出て行ったその扉を凝視しながら、デュライラは唇を噛み締めていた。

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