オンライン小説~銀の騎士~剣と魔法のファンタジー物語

銀の騎士外伝-金の王子-

第3章~刺客~

オンライン小説~銀の騎士~剣と魔法のファンタジー物語

(3)

子供時代を過ごした離れから、王宮内に移って来た時、王直々に言い渡された事がある。
秘密の抜け道の事だった。

今は戦もなく平和で穏やかな日々が続いている。しかし、いつ何が起こるとも分からない。万が一の時の為の逃げ道が、寝室のベットヘッドの後ろに隠されていると言うのだ。

「何かあった時は秘密の通路を使って、必ず生き延びよ。通路の事はわしとそなたしか知らぬ。通路は一本道ではなく迷路のようになっている。決して間違わぬよう、この道を頭に叩き込め。」

王の言葉が蘇った。あの時はあまり真剣に聞いていなかった。そんなものを使う日が来るとは、想像もしていなかったからだ。目を閉じて地図を思い出そうとした。うろ覚えではあったが、なんとか行けそうな気がした。迷路の出口は裏の森の中程にある古井戸と、王家の墓所の二ケ所だ。それ以外は行き止まりになっている。

王は最も信じている家臣にもこの事はもらすなと言った。
しかし、セラムはサンバールにだけは秘密の通路の事を話していた。
セラムは窓を開けた。そこから抜け出したと思わせる為だ。

抜け道が本当に誰にも知られていないのか、すぐに見つけられてしまわないのか、セラムには自信がなかった。しかし、迫りくる魔の手から逃れる為には、他に方法がないように思われた。もし、敵が通路の事も調査済みだったら、森に出た途端に殺される可能性もある。

決断力を鈍らせるかのように、扉をたたく音が耳障りに響く。
外套は寝室には置いていない。ここにあるのはガウンだけだ。
外に出た時、ガウン一枚では凍えてしまう。
セラムは絹のガウンを三枚重ねて着込んだ。

そしてベットをずらし、抜け道の場所を確かめた。ベッドは今まで持ったどんな物より重かった。
小さめの燭台をひとつ左手に持って、壁を丹念に調べる。模様のように見えていたパネルのひとつが扉になっているはずだ。セラムは秘密の扉を慢心の力を込めて押し開けた。不振な物音は、侍女の扉をたたく音にかき消された。

通路の中は肩がぶつかるほど狭い。セラムは燭台を通路の中に置き、ベットをもとあった場所に引き寄せた。少しでもずれていたら抜け道の存在がわかってしまう。セラムは慎重にじゅうたんに付いたベットの足の跡をあわせた。

「セラム、すまない。ここで待っていてくれ。」

主人の奇妙な行動を黙って見ている白い犬にしばしの別れを告げて、セラムは通路の扉を内側から押した。

狭くて急な下りの階段が続いている。燭台を手に降りて行く足が震えている。真っ暗な闇の中に自ら呑まれて行くようだった。それでも行かなければ二度とサンバールにも会えず、本当の闇に突き落とされるだけだ。

カビ臭い湿気を帯びた冷たい空気を吸い込みたくなくて、セラムはガウンの袖で口元を抑えた。咄嗟にガウンを羽織って来なければ、すでに凍死していたかも知れない。それくらい地下通路は寒かった。

しばらく降りて行くと少し広い平らな場所に出た。分かれ道だ。セラムは右の道へ進んだ。通路には規則性があった。最初のうちは右、左、左、右の繰り返しだ。次に三叉に出たら真ん中。そこから先は、右、中、右、中と行くと森に、左、中、左、中と行くと墓所に出るのだ。確か、そう覚えたはずだった。

セラムは墓所に出る事を決めていた。なぜなら井戸を登る自信がなかったからだ。墓所からはまっすぐリニュアル家に向かう。サンバールがいるとは限らないが、他に助けを求める先をセラムは知らなかった。

真っ暗で恐ろしい通路を自分の足音だけが占めている。息苦しい淀んだ空気の漂う地下通路から、一刻も早く出たかった。そして、サンバールの顔が見たかった。

左、中、左、中……とつぶやきながら、足早に通路を進む。時折、肩がすすけた石の壁にぶつかったが、気にならなかった。それよりも、今にも消え入りそうなろうそくの明かりが心もとない。明かりが消えてしまわないように、祈るような気持ちで進んだ。

大丈夫だ、もうすぐだ、次は左、それで最後だ、間違いない、もう出口だ、次を左に行きさえすれば……

寒さと恐怖で気が遠くなりそうだった。しかし、今気を失う訳にはいかない。倒れる隙間すらない狭さなのだ。あと少し、あと少し。セラムは必死の思いで歩を進めた。

そうこうしているうちに、最後の分岐路に出た。そう、ここを左に行きさえすれば王家の墓所に出るはずなのだ。わずかに気持ちが明るくなった。ここを左に行きさえすれば、出口にはサンバールが待っているような錯覚を覚えた。そう思わなければこれ以上一歩も前に進めない気がした。
最後の分岐路を左に入ると、気持ちばかりが焦って足がもつれた。セラムはほとんど走り出していた。声が震えていた。知らず知らずに涙がこぼれた。

”あと少し、もう少しだ、サンバールが助けてくれる、もう少ししたらサンバールが待っていてくれる。”

セラムは途切れ途切れに自分の声を聞いた。何を言っているのか分からない。荒い息遣いと、意味のないような途切れた声と足音。それに心臓の音。それらはまるで自分とは全く関係のない音のように感じた。

狭い通路が切れ、セラムは夢中でろうそくをかざした。どこかに出口があるはずだった。ろうそくの明かりはすぐ目の前しか照らし出さず、先の方は闇がぱっくりと口を開けているだけだった。震える手で壁をなぞって出口を探す。そして、愕然とした。

どこをどう間違えたのか、わからなかった。確かにうろ覚えではあったが、セラムはここに墓所への出口があると疑わなかった。だが、道は四つにわかれていた。最後に四つにわかれていると、地図に印されていただろうか。覚えていない。思い出せない。どちらへ進んだらいいのか、わからなかった。恐ろしさに叫び出しそうだった。どの出口も上に向かう階段になっていた。もしかしたらどの階段を選んでも墓所に出られるのかも知れない。そんな望みも胸をかすめた。しかし、もし違っていたら……。その先がまた迷路になっていたら……。震えが止まらなかった。あやうく燭台を落としそうになり、両手でしっかりと持ち直した。

”落ち着け、落ち着いて思い出せ”

セラムは大きく息を吐いてあの日、王がセラムに見せた地図を思い出そうとした。だが、考えれば考えるほど、記憶は曖昧に薄れていく。右から順にひとつひとつの階段を覗き込み、燭台をかざしてみたが、中の様子に違いはなかった。

絶望が襲い掛かって来た。このままろうそくが燃え尽きてしまったら、座る事も出来ないほど狭い通路に立ち尽くしたまま、誰にも知られず死んでいくのだろうか。真っ暗な中で叫び狂いながら、餓死するのを待つのだろうか。

”そんなはずはない。サンバールが助けに来るに決まっている。サンバールが私を一人で死なせるはずがないのだ。”

小刻みに震える手に、しっかりと握られた燭台の上で、危うく揺れるろうそくの火を黙って見つめていると、驚いた事に眠気が襲って来た。こんな時に、である。まぶたが重くなっていき、考える事が困難になって来た。

しかし朦朧とする頭に、ふっと浮かんだ閃き。
セラムは必死で考えようとした。頭をはっきりさせようとして、何度もまばたきをした。

間違いない。きっと、いや、絶対にそうだ。

胸を殴られたような痛みが走った。
早く確かめたい思いと、確かめるのが恐ろしいという思いがぶつかりあう痛みだ。
信じられないような気持ちだった。

そして、はっきりと確信した。

出口がわかった。

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