第3章~刺客~
オンライン小説~銀の騎士~剣と魔法のファンタジー物語
(4)
ろうそくの炎はゆらゆらと一定方向に揺れていた。間断なく一定方向に。
セラムはもう一度、右から順に四つの通路に燭台を近付け、暗い階段の先を照らした。
一番左の階段にかざした炎は、微かながら動きを見せている。
炎を揺らすものの正体は空気の流れに決まっていた。
出口は左だ。
セラムは夢中で左の階段を登り始めた。長い長い急な階段だった。相変わらず幅は狭く、何度もひじをぶつけながら、祈るような気持ちで階段を駆け登った。永遠のように感じられた。いつまでもいつまでも、細長く急な階段が続き、焦りを感じた。
本当に出口はここだったのか。
やがて階段は行き止まりになり、頭上に天井が迫って来た。出口の徴候を探す為、手探りをして燭台を近付けたが、どこが出口なのかわからない。セラムはまるで神の名を唱えるように、サンバールの名を呼び続けた。
背中を丸めながら階段の一番上まで上り詰め、慢心の力を込めて天井を押し上げる。
天井は軋むような音をたてて開いた。
落胆が安堵と共に襲い掛かってきた。中は真っ暗な閉ざされた空間だった。
しかし、すぐにそれが棺である事に気づき、身体中の力が抜けていった。
墓所に出たのだ。
棺の蓋は簡単に開いた。
中に先祖の亡骸が入っていなかった事に、セラムは心の底から感謝した。
墓所は王妃の葬儀の時と変わらず、湿ったカビの臭いがした。そして、誰一人として、そこにいなかった。墓所の住人は死者だけだ。ここにいれば安全だ。なぜなら死者はセラムを殺しても再び王には、なれないからだ。
セラムは次に通路を使う時の為、丁寧に通路の入り口を塞ぎ、棺の蓋を閉めた。
そして、棺に刻まれた名前を確かめ、ぎくりとした。
レギン・ド・ユリオン・バルボーン一世。

棺にはそう印されていたのだ。
これはまぎれもなく、現国王の名だった。屍が入っていなかったのは当然だった。王は健在なのである。
王の棺に寄り掛かって膝を抱き、どれ位の時をぼんやりやり過ごしたかわからない。秘密の通路の中にいた時間も、どれくらいなのかわからなかった。わかっているのは、通路に足を踏み入れたのが朝だったという事実だけ。暗い墓所にひっそり忍んでいると、時間の経過はまるでわからなかった。
今頃自分の部屋は大騒ぎだろうか。それとも刺客は姿をくらませ、セラムの脱走は誰にも気づかれていないのだろうか。
なぜ、侍女はいなかったのか。なぜ、サンバールは来なかったのか。なぜ……。
そろそろ外へ出るべきだろうか。ここにじっとしていれば、誰かが助けに来るとも思えない。第一、誰かに見つかれば、抜け道の出口を知らせてしまう事にもなりかねない。
しかし、誰に助けを求めればよいと言うのだろう。誰が暗殺者を送り込んでいるのか、全くわからないというのに。セラムは改めて自分には誰一人味方がいないのだと気づいた。
唯一人、サンバールを除いては。
セラムは決心して立ち上がった。行くべきところは、リュニアル家しかない。王宮内のサンバールの部屋に行っても、サンバールはいないだろう。まずはリュニアル家に助けを求め、サンバールが来てくれるのを待とう。そうすれば、あとはサンバールが何とかしてくれるはずだ。
リュニアル家には一度も行った事がない。しかし、ここに移ってからは王宮内を色々探検した。その時にサンバールが、屋敷の場所を遠くから指差して、教えてくれた事がある。だから大丈夫、一人でも行けるはずだ。セラムは一人で頷き、「大丈夫」と呟いた。
墓所の出口の扉は大きくて重かったが、鍵はかかっていなかった。セラムは地上への階段を登りながら、この上に神官たちの部屋がある事を思い出した。このまま上がっていけば、神官に見つかるかもしれない。第一王子がいきなり墓所から現われたら、なんと言われるだろう。神官に助けを求めるという手もある。が、暗殺者が神官ではないという保証はどこにもなかった。
セラムは息を殺して、誰にも見つからないように、ここをやり過ごさねばならなかった。足音を立てないよう細心の注意を払いながら、地下からの階段を上りつめると、神官たちの部屋の扉は閉まっていた。ほっとして足早に通り過ぎる。しかしこの廊下の先には見張りの衛兵がいるはずだ。彼等に姿を見られたくなかったので、幅広い廊下の途中にあるアーチ型の大きな窓から、外に出た。
掃除が行き届いておらず、窓枠にかけた手がほこりで汚れた。しかし、そんな事はどうでもよかった。すでにセラムは、例の通路で身体中すすけていたのだった。
太陽は中天にさしかかり穏やかに晴れていたが、空気は冷たかった。あちこちに雪の残骸が残る木々の間を抜けながら、セラムはガウンの襟をきつくあわせた。こんな格好で衛兵に見つかったら、捕まってしまうかも知れない。そう思うと自然と口元が綻んだ。なにしろ、一部の重臣と限られた侍女以外、セラムの顔を知らないのだから無理もない。
そう思って歩いていると、案の定、衛兵に呼び止められてしまった。しかし、王宮の方角から出て来たセラムを、どこかの頭のおかしい貴族だと思ったのか、対応も丁寧で拍子抜けした。
「失礼ながらそのような薄着では、風邪を召されます。」
一人が自分の外套を脱いで、跪きながらささげた。
「どちらの屋敷までお出ででしょう。お送り申し上げます。」
もう一人が言った。夜着姿とはいえ、上等な薄絹のガウンと高貴な顔立ちで、王族の誰かだと思っているのだろう。
セラムは素直に衛兵の外套を羽織り、
「ありがとう。リュニアル家に行きたいんだ、今すぐに。」と言って、はかなく微笑んだ。
衛兵はすすけたガウン姿でいながらも貴品に満ちあふれたセラムの微笑みに、たちまち身体をかたくして目を伏せ、もう二度とセラムの顔を見ようとしなかった。
リュニアル家の門前で名を聞かれ、レギン・ド・ユリオン・バルボーン二世、と答えた時以外は。
その時サンバールの家まで送ってくれた衛兵は、セラムから外套を返されて、気の毒になるくらい恐縮していた。家宝にいたします、とかなんとか言いながら地面に頭を擦り付け、そんな事をしなくてもいいというセラムの言葉もまるで耳に入っていなかったのだ。
リュニアル家の広間に通され、家の誰か――たぶんサンバールの母君だろう――への取り次ぎを待つ間に、セラムは今までの緊張が一気にとけ、意識が遠くなるのを感じていた。
オンライン小説「銀の騎士」は、剣と魔法のファンタジー物語「KNIGHT OF SILVER」を前身とするオンライン小説サイトです
©1999- オンライン小説All Right Reserved.