アビ編
オンライン小説~銀の騎士~剣と魔法のファンタジー物語
眠れぬ夜
死はアビにとって身近なモノではなかった。
アビの中の死のイメージは、両親の死だ。もの心ついた時にはもう両親共がいなかった。両親の死を目の当たりに見た訳でもなく、ただ死んだと聞かされただけだ。それを聞いても悲しみはうまれなかった。死は死という事実でしかなく、アビの暮らしとは無関係な所に存在していた。
生まれて初めて対面した本物の死。
ついさっきまで生きていて自分と話をした人間が、突如としてこの世のどこからも消え去ってしまう。もう二度と話す事も出来ないし、笑い合う事もない。アビが初めてそんな死に直面したのは、ついこの前の事だった。
シェーラとは知り合ったばかりだったが、大きく包み込んでくれるような不思議な存在感でアビの心に深く住み着いていた。
シェーラは先読みの一族で、コーリット城の専属薬師だった。
何も知らないアビに、色々な事を教えてくれた。
魔法の事。精霊の事。銀の騎士の事。
この世界の事を、何一つ知らないでいた自分に驚いた。もっともっと、色々な事を聞きたかった。
シェーラはシュールと似た所がある。アビはそう感じていた。
シュールはアビの幼馴染みで、困った時にいつも助けてくれる、アビにとっては家族同然の存在だった。
シュールは普段口が悪く人には誤解を受けがちだが、心の中は深い思いやりで満ちている。何も考えていないかのような言動も、思いやりから出たものだとアビは思っている。今までどんな時でも、アビが困れば必ず助けてくれた。だからアビはシュールが一緒にいる時は安心していられた。
そのシュールは、先読みの里に行ってもう三週間以上になる。シェーラの代わりの薬師を迎えにいったのだ。二週間で帰って来る筈だったのに、一体どうしたというのだろう。
アビの心を闇が喰い尽くそうとしている。死がアビの身近に感じられ、アビの大切なものを全て呑み込もうとしている。
アビは死が恐ろしかった。
シェーラは自分のせいで死んだ。そう、アビを庇って無理をしたために、堅いウロコを持つあの魔物に殺されてしまったのだ。そいつは、シェーラを奪っただけでは飽き足らず、アビの左腕の肉も抉った。それと同時に、アビの心の一部を抉りとっていった。
やつが抉った心の隙間には、今までなかった新しい感情がなだれ込んで来た。死に対する恐怖感、シェーラを死なせてしまった罪悪感、左腕が思うように動かない事への苛立ち、そして今、シュールが側にいない事への不安。
そういった感情が次々に押し寄せてアビを押しつぶそうとする。アビはそれに耐えられなくなって、心を閉ざす。
心の中で起こっている感情の波の行方は、アビには漠然とした不安としてしか認識出来なかった。自分の中の新しい感情が何なのか、理解出来なかった。
今はただ、シュールの無事を祈るばかりだ。
シュールを失うかも知れない恐怖が、こんなにも恐ろしいとは!
アビは今まで考えた事もなかったのだ。自分の前からシュールがいなくなる状況なんて。
・・・早く帰って来て、シュール。お願いだから、僕をひとりにしないでよ。・・・
コーリット城の中に与えられたふかふかのベットの中で、アビは毎夜眠れずに祈ってばかりいた。疲れが頂点に達してやっと眠りにつくと、今度は悪夢が襲い掛かって来る。うなされ続けてハッと眼を覚ますと、いい知れぬ不安が心を鷲掴みにする。
起きていても眠っていても、苦しいのは同じだ。
アビはもう、どちらが夢でどちらが現実なのかさえ、分からなくなっていた。
外気の冷たさに窓は曇っていた。
どんよりとした冷たい夜の空には、星一つ見えなかった。
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