おばさんの呟き
オンライン小説~銀の騎士~剣と魔法のファンタジー物語
-呟き後編-
「あたしとフーチはね、幼馴染みってやつだったのさ。フーチはあたしと結婚したくてこの店を始める事にしたんだよ。信じられるかい? あの飲んだくれのフーチがさ、あの頃はあたしに夢中だったのさ」
ここまで言うとフレアはふっつりと黙ってしまい、閉じたままの目にうっすらと涙を光らせた。若い頃の大切な思い出を一つ一つ噛み締めるように反芻しているのだ。
あの頃は希望に満ちていた。何もかもが輝いていて、憂いは何一つなかった。なぜあのまま時が止まってしまわなかったのだろう。なぜ人の心は変わるのだろう。フーチはいつからあんなに酒を飲むようになったんだろう。いつから……
フレアにはその答えがわかっていた。わかっていたが、わかりたくなかったのだ。
「フーチは昔から子供好きだったよ。結婚前から、たくさん子供が欲しいって言ってたっけね。だけどさ、こればっかりはどうしようもないんだ。あたしだって早く子供をつくってやりたかったさ。何で子供が出来ないのか、随分悩んだもんだよ。だけど、何年経っても、子供はちっとも授からなかったんだ。フーチは泣いてるあたしを慰めてくれた。二人で生きて行こうって誓いあって……」
ふと言葉を切ったフレアの目に、ひとすじの光るものが流れた。
わずかに口元が震えているのは、寒さのせいだけではなかった。
「子供が出来たとわかったのは、そんな時だった。どんなに嬉しかったか。だけどあたしは心配だったんだ。もしも、もしも間違いだったら……そうしたらどんなにフーチががっかりするだろうと思ってさ、だからもう少し、絶対にそうだとわかるまでは、黙っていようと思ったんだよ。だけどそれがいけなかったんだ。本当に、なんであの時すぐにフーチに言わなかったんだろうって、今でも夢に見てうなされるんだ。あの時フーチに言ってさえいたら、こんな事にはならなかったんじゃないかって気がするんだよ。いや、本当は関係ない。フーチに言ったところで、子供は流れる運命だったんだから。関係ないんだ。だけど、じゃあどうすればよかったんだよ。あたしはどうすれば……」
フレアの肩が大きく震え出し、涙が止めどなく溢れた。しばらくの間、フレアは感情を一気に吐き出したかのように、激しく泣いていたが、やがてそれも静かになり、店の中は静寂に包まれた。
猫は相変わらずそっぽをむいて丸くなっている。
「ごめんよ、話がそれちまったね。とにかくさ、あたしの子供はうまれる前に死んじまってね、それからあたしは二度と子供ができなかった。フーチにはあたしの不注意だって随分責められてね
それからさ、二人の仲はぎくしゃくしだして、フーチは仕事をしなくなって酒浸り。
あたしも一人になりたくて毎日店をがんばった。
悲しくなかったかって? 悲しかったに決まってるじゃないか。でもね、どんなに辛くたって誰も助けちゃくれないのさ。だったらがんばるしかないじゃないか。その頃さ、あたしのたった一人の妹が、結婚するって言って知らない男を連れて来たのは。びっくりしたのなんのって。だってあの子は男勝りでハンターなんてやっていたからね。結婚なんかしないもんだと思っていたのさ。
小さい頃からあの子はやりたい事は誰が反対しようと必ずやった。我慢ってもんを知らない子でね。まあその話は今度ね。とにかく妹が連れて来たのは、ププタンの人間じゃなかった。どこの馬の骨ともしれないハンターだった。
もちろん反対したさ、だけどほら、さっきも言ったように、あの子は人の忠告なんか聞く耳持ちゃしないからね。さっさと結婚して、しかも、しかもだよ。あっという間に子供が生まれたんだ。あたしはさ、その時程妹が憎らしかった事はないよ。小さい頃から好き放題やってたあの子には、神様がちゃんと子供を授けてやってさ、平凡な幸せだけを望んで生きて来たあたしからは、取り上げるってんだからね。あんたも不公平だと思うだろ?
何だよ、たまには返事くらいしたらどうだい。にゃーとかなんとかさ」
猫は知らん顔でそっぽを向いている。しかしフレアは気にせずまた言葉をつないだ。
「死んじまえばいいと思った事もあったさ、だけどホントに死んじまうとは思わないじゃないか。あの子は亭主と一緒にあっさりと逝っちまった。可愛い盛りの三才のアビを一人残して……」
ふとカップに手をのばすと、もうお茶はさめきっている。フレアは諦めてもう一度ショールの胸元をきつくあわせた。板で塞いだとは言え、割れた窓のせいで寒さはひどくなっていた。
「あの子から赤子を取り上げて自分のものにしたかった。心底そう思った。だけどあの子を殺してまで子供を取り上げようなんて、考えてた訳じゃない。本当さ、信じないかもしれないけどそこまで考えちゃいなかった。うらやましかっただけなんだ。なのに神様はこんなことばっかり願いを叶えて下さるんだ。あたしが望んだせいで妹が死んだ。アビの母親を奪ったのはあたしさ。どんな顔でアビに接すりゃいいってんだい。子供が手に入って嬉しかった。かわいかったさ。抱きしめたかったよ。でもどう接したらいいのかわからなかったんだ」
フレアは一気に冷たくなったお茶を飲み干した。ぶるっと身体が震えた。
「何もかも忘れて幸せになりたかった。でもあたしにはその資格がない。それに、ここでアビを可愛がったりしたら、死んだあたしの子が不憫すぎるじゃないか。アビはあたしを嫌ってる。それが罰なんだ。それでいいのさ」
重い腰をあげてゆっくりと立ち上がると、膝掛けがずり落ちる。
「おっと」
あわてて掴み椅子においた。
「寒いから今日はもう店じまいだよ。お前、うちに一緒に来るかい」
扉の前で振り返ると、猫はのそりのそりと後をついて来た。
ギシッと鈍い音をたてて扉が開くと、一面の雪景色に沈みかけた夕日がきらきらと反射して、一瞬目がくらみそうになった。
フレアは寒さも忘れてしばし呆然とそれを眺めていた。
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