アビ編
オンライン小説~銀の騎士~剣と魔法のファンタジー物語
-懐かしき故郷-
ププタン村の入り口が見える小高い丘の上まで来ると、アビは自然に馬を止めた。
あれからまだ半年しかたっていないというのに、故郷はやはり懐かしかった。嘘つきと後ろ指差されて追われるように出て来たふるさと。黙って出て来た事を、おばさんは怒っているだろうか。
「ここがアビとシュールの生まれた村ね。」
馬をおりたチチが、始めて来た最東の小さな村を珍しそうに眺めている。
「どうしたの?アビ。」
下を向いて佇むアビを覗き込んで、チチは目をまるくした。
アビの顔がつらそうだ。故郷に何か嫌な思い出でもあるのだろうか。
シュールは黙ってアビの肩に手をおいた。
村の向こうに海が見える。夕暮れ時の薄紫に染まった空が、海との境目を曖昧にしている。
「ここから日の出を見たいわね。」
チチはうっとりと目を細めた。
「さあ、ぐずぐずしてはいられない。どうするアビ?」
シュールがポンと肩をたたきアビを促した。
「やっぱりこっそり取って来るよ。まだ、おばさんに会いたくないんだ。ここで待っててくれる?すぐに戻って来るから。」
アビは気弱そうにシュールとチチの顔を見比べた。
チチはププタンに入れず少しがっかりした様子だったが、シュールは明るく笑ってくれた。
「よし、待ってるから行って来い。」
バシッとアビの右腕をたたく。アビは力強く頷いて村に向かって走り出した。この時間は夕食時だ。家の外に出ている者は少ないだろう。誰にも会わずに村長の家までたどり着けるだろうか。アビは全速力で一気に丘を走りおりた。
「はぁ、はぁ。」
両膝に手を当てて肩で息をしながら、村の入り口で一度立ち止まると、家々には明かりがともり始めていた。ついさっきまで薄明るかった空は、見る見るうちに夜の帳を降ろしていた。
アビは誰もいない事を確かめ、村長の家に向かって再び走り始めた。
村長の家まで一気に走り、誰にも会わずにその懐かしい木の扉を開ける。
サイナの部屋は二階だ。
庭には大きなブナの木がある。サイナを呼びに来た時、よくこの木に登った。
それがずっと昔の事のように思えるのが不思議だった。
アビは登りなれたブナの木のいつもの枝まで登っていくと、サイナの部屋の窓を覗いた。
サイナはベットに座って本を読んでいる。
木の実を一つ取って窓に向かって投げる。
コツン。
実が窓に当たるとサイナがびっくりして窓辺にやって来た。外はもう暗い。明るい家の中からはアビの姿は見えないようだった。アビはもう一度ブナの実を投げた。
コツン。
サイナは急いで窓を開けて、身体を乗り出した。
「サイナ。僕だよ。」
アビが小声で呼び掛ける。
「ア、アビ!!!」
「しっ。小さな声で。」
アビは素頓狂な声を出したサイナに慌てて言った。
「いつ帰って来たの!?どうしてそんなところから!?」
サイナは本当に驚いているようだ。
「前に預けた光らない石を取りに来たんだ。外に出て来られる?内緒で。」
「うん。今行くわ。」
サイナが光らない石の入った革袋を持って部屋を出るのを見届けてから、アビは木から降りた。そして、木の影で、誰にも見つからないよう祈りながら、サイナが出て来るのをじっと待った。
暖かそうな家の扉から、サイナはすぐに出て来た。
「アビ、元気そうね。日焼けしたわ。それに、背ものびた。」
サイナは嬉しそうにアビの頭に手をのせた。半年前ここで別れた時はサイナよりほんの少し大きいだけだったのに、今は目線の先にサイナの頭がある。背がのびた事なんて気づかなかった。
「サイナ。まだ、旅の途中なんだ。ゆっくり出来ないんだ。」
アビは懐かしさに引きずられそうになるのを、必死でこらえながら早口に言った。
「なによ。冷たいわね。せっかくおばあちゃんにも黙っててあげたのに。」
「ごめん、サイナ。誰にも会いたくなかったんだ。ちゃんと、終わらせるまで。」
「何を?」
サイナの問いに答えず、アビは哀し気に微笑んだ。聞いてはいけない事なのだと悟り、サイナはそれ以上何も言わずに光らない石を渡した。
「ありがとう。サイナはちっとも変わらない。ホッとするよ。」
「アビは変わったわ。大人になったみたい。」
「まさか、半年でそんなに変わるもんか。」
アビは笑った。心から笑ったのは久し振りという気がする。
「もう行かなくちゃ。」
別れがたい思いがした。サイナはいつもアビの心を和ませる。帰って来て良かった。アビはサイナの手を強く握った。そして最後に思いを断ち切るようににっこり笑って、走り出した。
「あっ。」
サイナは何か言おうとしたが、あっという間にアビの姿は見えなくなった。
「もう、いつも勝手なんだから。」
サイナはアビの消えた闇を、しばらくの間黙って見つめていたが、やがて気を取り直して家の中へ走り込んだ。
「おばあちゃん、おなかすいた。」
誰もいなくなった前庭に、無邪気な声がちいさく響いた。
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