シュール編
オンライン小説~銀の騎士~剣と魔法のファンタジー物語
-過ぎし日-
「シュール、父さんの具合はどうだい?」
家から走って飛び出し、そのまままっすぐ村の外へ出ようとしていたシュールに、となりのジェシカおばさんが声をかけた。シュールは立ち止まってきょろきょろと辺りを見回す。そしてやっと、声の主を見つけ白い歯を見せて笑った。
「おはよう、ジェシカおばさん。今日もいい天気だね。」
シュールの笑顔は屈託がない。
「今日は兎のシチューをつくるからね。後で取りにおいで。」
「ありがとう、おばさん。今日光る石がいっぱい取れたらおばさんにもあげるよ。」
シュールはさらさらの髪を揺らしながら走り去った。
家の中で見ると灰色のシュールの髪は、日の光に透けると銀色に輝く。
「いい子だよ、父親の面倒をよく見て。まだ十足らずだってのにねぇ。」
ジェシカおばさんは一人で、誰かに話しけるようにそう言うと、涙ぐんだ。
シュールの父親はハンターだったが、去年魔物につけられた傷口が元で、今ではすっかり弱っていた。命が尽きるのも時間の問題だろう。実際よくもっている方だ。
化膿した傷につける薬はププタンにはない。遠くのコーリットまで行けば手に入るかも知れないが、化膿止めの薬は大変高価なもので、とてもシュールには手に入れられないだろう。村の大人達の誰もが普通の薬草ではよくならない事を知っていたが、口にはしなかった。幼いシュールが一人で薬を買いに行く事は不可能だし、そんなお金もないとわかっているからだ。
シュールは毎日光る石を求めて狩りに出た。
生まれてすぐに母親は死に、ずっと父と二人で生きて来た。シュールには父親がすべてだった。
父ガッシュは、赤ん坊だったシュールを背負って狩りに出ていた。だからシュールは狩りには慣れ親しんでいる。魔物を怖いとも思わなかったし、光る石を集めて暮らすのが当たり前だと思っていた。
去年の秋、冬の間の貯えの為、ガッシュは森の奥深くまで入り込んだ。シュールを連れて。
その結果、疲れ果てて眠ってしまったシュールをおぶって、片手で魔物と戦う羽目になったのだ。シュールを連れて行かなければこんな事にはならなかっただろう。
ジェシカおばさんはいつもその事でガッシュを責めた。幼いシュールを残して死ぬつもりなのかと。
「シュールはいつでもあたしが預かると言っているのに。」
これがジェシカおばさんの口癖だった。
「ガッシュ。あんたの思慮が足りないばっかりに、シュールは独りぼっちになっちまうんだよ。あんたは頑固者の大馬鹿さ。」
ジェシカおばさんは、また空に向かって話し掛けた。
春の日溜まりを突き破るように、大きな風が吹き抜けた。風はジェシカおばさんの白髪だらけの髪を巻き上げ、辺りの花々を蹴散らした。そして渦をまいて天高く消えた。
その風を追い掛けて、薄桃色の花びらがキラキラ光りながら舞い上がった。薄桃色に見えた花びらは裏側が白で縁取られており、舞い上がる度に光って見えた。
その日、シュールは光る石を手に入れる事は出来なかった。魔物も春にはひなたぼっこをして休んでいるのかも知れない。シュールはそう思った。
ジェシカおばさんに兎のシチューを貰いに行って、光る石が取れなかった事を誤ると、ジェシカおばさんは、
「いいんだよ、そんな事。」
と言ってシュールの頭を、髪がくちゃくちゃになるくらい何度も撫でた。
その日から五日目の朝、ガッシュは静かに息を引き取った。
シュールは大きな瞳に涙をいっぱいに浮かべて、泣くまいと歯を食いしばった。独りぼっちになったシュールをジェシカおばさんはよく面倒見てくれた。
あれから二年の歳月が流れた。その年の初冬に、ジェシカおばさんが死んだ。
風邪をこじらせたのが原因だった。シュールは本当に独りぼっちになった。
そして同じように両親のいない独りぼっちのアビは、いつもシュールが村の外へ出るのをうらやましそうに見送っていた。
「アビ、お前ももう八歳だ。俺が狩りを教えてやるよ。」
シュールはほんの気紛れで、アビを狩りに連れていく事にした。
「ホント!?」
目を輝かせてアビが駆け寄って来る。
本当は一人でいたくなかっただけなのかも知れない。
誰かと一緒にいたかっただけなのかも。独りぼっちだと思いたくなくて。
「おふくろさんの剣、持ってきな。使い方教えてやるよ。」
「うん。」
アビが嬉しそうに走って行く後ろ姿を見て、シュールは満足した。
・・・剣を教える理由なんてどうだっていい。喜んでるんだからそれでいいじゃないか。あいつにも狩りに出る事を止める親はいないんだし。・・・
森の木々はすっかり葉を落とし、村の中からでも遠くまで見渡せた。
時々落ち葉がカサカサと動く音が聞こえる。
それは今までに見た事がないような哀しい景色だった。
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