第3章~危機~
オンライン小説~銀の騎士~剣と魔法のファンタジー物語
氷の洞くつ(2)
ザシュッ!
鈍い音と共に魔物の鋭い爪がアビの左腕を抉った。
「ぐはっ!!」
プシューといって吹き出した血を、剣を持ったままの右手で咄嗟に押さえたが、血は止る気配を見せずどくどくと流れ続ける。
剣を握り直そうとするが、血にぬれた手の平はぬるっと滑り、構える事が出来ない。 そのうちに目が霞んできて、立っているのもやっとだ。
・・・ああ、もうだめだ。剣が持ち上がらない。今度仕掛けられたら、きっと避けられないよ。でも、助けは呼べない。みんな戦ってるんだ。僕はハンターなんだから、共同作戦の時、助けを呼んじゃいけないんだ。わかってるよ。僕はここで死ぬんだね。不思議だな、ちっとも怖くないや。・・・
薄れ行く意識の中、シェーラの喝でアビは現実に引き戻された。
「馬鹿者!何で助けを呼ばん。チチ、ここはいい、アビの傷を!」
「はい、おばあちゃん!」
シェーラは、自分が相手をしていた魔物とチチが相手をしていた魔物と、更にはアビの腕に大きく傷を付けた魔物の三匹を同時に相手にしなければならなくなった。
さすがのシェーラも三匹の魔物相手に、バリアを張って攻撃を避けることしか出来ないでいる。
「アビ、凄い血、じっとして。」
アビの左腕にぱっかりと開いた傷口から、ドクドクと血が流れ出している。
チチはありったけの力を込めて、アビの傷口に手の平を当てたが、なかなか血がとまらない。
・・・魔法の力って凄いな、痛みを感じなくなって来た。・・・
痛みが薄れたのは魔法のせいではなく、あまりに沢山の血が一度に体から消失した為に、意識が保てなくなったせいだった。
「ああ、どうしよう。血がとまらない。」
チチは焦って、ポケットから薬草を出し、アビの腕に擦り込む。そしてもう一度、手を当てて癒しの力を送り込んだ。額から汗が吹き出して来る。
ようやくアビの血が止りかけて来て、ホッとしたのも束の間、 チチはアビを円陣の真ん中に置いたまま、戦線復帰した。 魔物の数は味方の数を上回っているばかりか、物凄く強い。ほんの少しも休んでいる暇はなかった。
「シュール、早く倒してこっちを手伝わんか!」
「ちょっと待て、くっ。とどめだ!!」
シュールが、頭が二つある犬のような魔物の体を真っ二つに両断した。
やっとの思いで一匹、ザトー達もそれぞれ1~2匹の魔物と奮闘している。
「よーしこっちだ!」
シュールが円陣を離れて、シェーラにちょっかいを出している三匹の後ろに回り、魔物達の注意を引こうと、一匹のしっぽに剣を降り下ろした。
「ギャー!!」
魔物はシュールに向き直り、怒り狂って襲って来た。
しかし後の二匹もなんとかこちらに注意を向かせないと、シェーラの息があがっている。
「おらおら、こっちだ!」
シュールの誘いに一向に乗って来る様子はなく、奴はアビだけを狙っていた。
自分の獲物をシェーラに奪われたと思い込み、執拗にシェーラに攻撃を仕掛ける。
チチはシェーラを援護しようと、呪文を唱えようとするが息が苦しくて、最後まで呪文を言い終えることが出来ないでいた。さっきの癒しで力を使い果たしてしまった様だ。なんとか息を整えようと、必死になって集中しようとしたが、思うようにはいかなかった。
シュールが奴に再び仕掛けるが、奴は見向きもしない。
もう一匹の小物は奴の手下らしく、奴に習ってシェーラにせこせことした攻撃を仕掛けている。
・・・せめてこちらだけでも引き離さないと。・・・
魔物の注意を引く為、シュールは大袈裟に剣を振り回した。
最初にしっぽを切断された魔物がシュールの背後に忍び寄る。とかげのようなそいつは、後ろから飛びかかってシュールの足に噛み付こうとした。振り返ったシュールは、すんでのところでとかげの攻撃を避け、剣を降り下ろしたが、掠っただけだった。
疲れがシュールの足を重くする。
離れたところから見ると、円陣を組んだ味方の周りに群がっている魔物の方が、完全に優勢だった。
・・・何とかしなけりゃ。・・・
「くっ、このままじゃ拉致があかん。」
シェーラの力も限界に来ていた。なんとか一匹でも倒さないことには、力を消耗するだけだ。
「おばあちゃん、あの魔法しかないよ。」
「むぅ、じゃが、お前は1回も成功したことはないじゃろ。」
あの魔法とは、2人で協力して呪文を唱える難しい魔法だ。
それは、ちょっとでも息が合わなければ成り立たない。
守りの力は敵の魔法を打ち消すことはできるが、攻撃力となる力ではなかった。
しかしあれを使えば・・・。
あれは守りの力を応用して造ったバリアを移動させ、敵がそのバリアに触れた途端、消滅させるという魔法だ。物理攻撃の出来ないチチが、この窮地から脱する為にあの魔法を思い付いたのは当然と言えた。だが、シェーラは考え倦ねている。
一旦発動すれば強力なそれも、失敗に終われば死が待つだけだ。あれを使えば全ての力を使い果たし、もはや立ち上がることさえ出来なくなる。たとえ魔法が不発に終わったとしてもだ。
この賭けは勝ち目がない。でも他にどんな方法があるというのだろう。ザトー達が自分の魔物を片付けてこちらに来てくれるのを待つか。それまでこのバリアがもてばだが。
その時、
「ぐはぁー!!!」
と、真後ろでクロッカが叫んだ。致命傷ではないにしろ、相当な深手を負わされた様だ。
もう迷っている場合ではなかった。いちかばちか、やってみるしかない。このまま全滅するよりは・・・・。
「よし、チチあれをやるぞ。」
「うん。わかった。」
呪文を始める為には一旦このバリアを解かなければならない。
「シュール!バリアを解くから、援護せぇ!」
「おお!」
シュールは奴めがけて跳んだ。
「うぉりゃー!!!」
カキンという乾いた音と共に、シュールは大きく横に跳ね飛ばされた。
「くそっ、剣の歯が立たねぇ。」
奴のウロコは堅くシュールの剣を全く通さなかった。だが、まごまごしている暇はない。バリアを解いて呪文に集中しているシェーラとチチに、奴が迫っている。シュールは今度は奴の前に回って、喉元めがけて突進した。
「うぉーーーーーー!!!」
今度は奴の胸を掠り、どろどろとした緑色の体液が飛び散った。
「やった!」
どうやら、腹側は柔らかいので剣を通すようだ。奴は後ずさりして唸った。
シュールはシェーラの呪文の邪魔にならないように、攻撃を仕掛けては横とびに跳びずさる。
力をためているのか、奴は動かない。そのうち口からプスプスという音を立てながら、一歩二歩と近付いて来た。
・・・何をするつもりだ。・・・
呪文がもうすぐ完成しようとした刹那、奴はこちら目掛けて大きく口を開き、走り出す。
「くっ、間に合わん。」
そう言ってシェーラがやつの懐に飛び込む。
「シュール!後は頼んだ。」
言い終わるか終わらないかの内に、奴は口から炎を吹き出し、暗い洞くつは一瞬にして紅く染まった。
「おばあちゃーん!!!!」
チチの悲痛な叫び声がこだました。
それがアビの耳に聞こえた最後の音だった。
オンライン小説「銀の騎士」は、剣と魔法のファンタジー物語「KNIGHT OF SILVER」を前身とするオンライン小説サイトです
©1999- オンライン小説All Right Reserved.