エピローグ
オンライン小説~銀の騎士~剣と魔法のファンタジー物語
それぞれの故郷へ
「セラム、起きて下さい。」
「ううん、サンバール。もうちょっと。」
「そんな事言ってる場合ではありませんよ。さっさと起きなさい。」
「冷たいなあ。」
セラムは重い瞼を擦りながらゆっくりと起き上がった。
体が重いし、あちこち痛い。よく見るとそこは宿屋のベットでもなければ、酒場ですらない。
「どこだ、ここは。何故こんな所にいる!?」
ガバッと起き上がって問いかけるが、サンバールはやっぱりと言うように肩を落とすだけだった。
「信じられない事に、私にも何がなんだかさっぱり。」
サンバールは首を横に振った。
「君まで泥酔したと言うのか!?」
セラムはすっかり眠気の醒めた頭で考えた。しかし、未だかつてサンバールの酔った姿など見た事はなかったし、酒以外に記憶を失うような事も思い付かなかった。
「酒を飲んだ記憶もないんですが、そんな事よりここは一体どこなんでしょう。街でない事は確かですよ。今、建物の外を見て来たんですが、森の中らしいのです。」
「森?どこの森なんだ?」
セラムは懸命に記憶をたぐり寄せてみたが、森に入った事など覚えていない。
そればかりか、ここに来る前に何をしていたのかすら、思い出す事が出来なかった。
「どこかの神殿らしいのですが、神官も誰もいないですし、取りあえずはここを出ましょう。」
狐につままれたように、チンプンカンプンの頭で二人は神殿を後にした。北南に道がのびている。
「どちらに行きますか?」
サンバールは開き直ってセラムに選択を任せた。
「北へ行こう。」
何の根拠もなしにセラムが答える。何となく知っているような気もするが、思い出せないその神殿から、二人は北へ向かって歩き始めた。
初めてチチと出会ったこの神殿の事を二人は全く記憶にとどめていなかった。
それは、アルビンの仕業であった。
この大陸の人間でない彼らに世話になった事を感謝して、心に傷が残りそうな記憶、現実離れした精霊と悪しき力の記憶をすっかり消し去ったという訳だ。必然的にチチやアルビンの事も覚えていない。
結果的にそれは正しい判断だった。サンバールに笑いかけるセラムの表情は澄み切っている。二人は二人の旅を続けて行く事だろう。
二人の姿は見えなくなり、落ち葉を踏みしだく渇いた音だけがいつまでもザクザクと聞こえていた。
「ただいま戻りました。」
頭をあげたアルビンの表情は、今まで見た事もない生き生きとしたものだった。
ラステカの目に思わず涙が滲んだ。
「よく無事で戻ったな。話は明日聞こう。今日はゆっくり休むがよい。」
ラステカはアルビンの肩を優しくたたいた。聞かなくともこの表情を見れば、結果は分かる。
・・・己を克服したのだな。・・・
アルビンの変化は一目瞭然だった。
今までモノクロだった世界が、一気に色を取り戻したような、そんな顔をしている。
アルビンを遣いに出した事が本当に正しかったのか、ラステカには自信がなかった。出発してから今日の日まで、毎日自問自答した問いだ。
・・・アルビンでよかったのか。・・・
こんなにもラステカを苦しめた問いが今まであっただろうか。
しかし今日答えは出た。答えは目の前にある。アルビンの表情の中に。
ラステカは長い安堵の息を漏らした。
・・・次期長制度もようよう変えて行かねばなるまい。あの子は新しい風を吹き込む力になる子だったのだ。・・・
それが、アルビンが次期長候補として選ばれた意味だった。ラステカはそう確信していた。運命の子と旅立った事も、全て今この表情を得る為の通過点だったのだと。
「さあ、休むがよい。」
「はい。では下がらせて頂きます。」
発する言葉も以前のように機械的ではない。
夕日が空に美しい暁色の帯を描いて沈んでゆく。世界はこんなにも希望に満ちあふれている。
何もかもうまくいく。
それは予言ではなく、先読みの力が発現する前触れのような、予感でしかなかった。それでもアルビンの胸は、これ以上ないという位の幸福感で、満たされていた。
チチが戻った事を、アルテ様はたいそう喜んだ。
ローズ王女も予想より遥かに早く戻ったチチを歓迎してくれた。
チチは、これまでの旅の報告にほんの少しだけ色を付けた。アルビン様がいなければ今頃どうなっていたか想像するだけで恐ろしい。自分達は何も出来なかった。しかし、チチは弱り切ったシュールを、どうしても自分の力で癒したかったのだ。
シュールがププタンに帰っても身寄りがないのなら、コーリットにずっといればいい。生き物を魔物に変えようとした悪しき力は消失した。これからはハンターの仕事では食べていけないだろう。シュールがずっとコーリットで暮らす為にはそれなりの理由が要った。
「復活しようとしていた悪しき力、シュールが倒しました。」
チチはそう報告したのだ。
その噂はあっという間にコーリットを駆け巡り、一夜にしてシュールは英雄となった。
・・・ちょっと、やり過ぎだったかな。・・・
チチはちょっぴり良心を傷めながら思った。しかしそのおかげでシュールはいつまでもコーリットに滞在する事を許された。時にはウソも必要だ。チチはそう自分を納得させた。
シュールは一時意識を取り戻したが、また昏睡に陥っていた。チチは薬師としての持てる力をすべてを尽くして、シュールの回復を祈った。
「ただいま、おばさん。」
アビはおずおずとププタンの大叔母の家の扉を開けた。
もう夕刻で、おばさんは仕事から戻っていた。
「おかえり。」
食事の支度をしながら、振り返らずに答える。別に驚いた風でもない、狩りから帰ったアビを出迎えるようないつもの態度だ。
「あの、おばさん。これ。」
久しぶりに会うおばさんは、以前と全く変わらない素っ気無さで、アビの顔を見もしない。アビは光る石がたくさん入った大きな革袋を何もないテーブルの上に置いた。
「うお、こいつぁすぜえ。かかあ、見てみろよ。」
無言で酒を飲んでいたおじさんの目が輝いた。袋をひっくり返してザザッと光る石をテーブルに広げ、もつれた口で石を数えはじめる。途中まで数えると分からなくなって又始めから数える。何度かそれを繰り返していた。
おばさんは石には何の興味も引かれない様子で、淡々と食事をつくっている。
アビはどうしてよいのか分からずに、立ったままおじさんの数える石を見つめていた。
「何ぼさっとしてるんだい。皿でもお出しよ。気がきかない子だね。」
おばさんは初めてアビに振り返った。
「はい、おばさん。」
アビは声をかけてもらった事が嬉しくて、弾んだ声で答えた。
「後でサイナの所に行っといで。」
「うん。」
おばさんはテーブルを占領する石をちらっと見てから、
「あれじゃ食事が出来ないよ、アビ、こっちで食べるよ。」
と、居間の方にスープの入った鍋を持っていった。
旅立つ前と何も変わらない暮らしが戻った。アビにはそれが不思議だった。
これから先、毎日毎日めんめんと続く平凡な日々。
魔物はいつまでいるのだろう。魔物がいなくなったら、何をすればいいというのか。
アビはスープを自分で皿に盛って、パンをちぎりながら口を開いた。
「おばさん、僕達、魔物をつくってた悪いやつをやっつけたんだよ。だからもう魔物は出なくなると思うんだ。そしたら光る石も集められないんだよ。」
おばさんは聞いているのかいないのか、アビの方を見もせずに食事を始めた。
おじさんはまだ、狂気に取り付かれたような目をして、石を数えている。
「おばさん、僕、先読みの里に行こうと思うんだ。魔物になった生き物を元に戻す魔法を研究してるんだよ。」
「馬鹿な事言ってないでさっさと食べて、サイナのとこに行っといで。」
おばさんは顔を上げずに言った。
「おばさん、僕、先読みの里に行ってみてもいい?」
アビはもう一度小さな声で聞いた。おばさんはイモしか入っていないスープをすくいながら、少し寂しそうに短く答えた。
「好きにおし。」
「ありがとう。おばさん。」
アビは何故か胸がつまって泣き出しそうになった。
急いで立ち上がって、食べ終わったスープ皿を片づけながら、
「サイナのとこに行って来る。」
と言って、外に走り出た。
もう日はすっかり沈み、星がいくつも輝いているのが見えた。
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