第6章~決戦~
オンライン小説~銀の騎士~剣と魔法のファンタジー物語
精霊(9)
・・・アビ、聞こえますか。決して声を出さないで。今から私があなたに魔法をかけます。
目くらましの魔法です。私に心を開いて下さい。・・・
アビは頭に響いて来るアルビンの声を聞いた。
魔物化から蘇った後、意識はあったが身体が動かなかった。皆の会話は聞こえていた。シュールが捕まっている事も思い出した。心を閉ざしてあやうく魔物化する寸前をアルビンが助けた事も、きちんと見えていた。金縛りのような状態からやっと起き上がれるようになり、皆の後を追って来たのだった。
・・・アルビン様。・・・
アビは心の中で呼び掛けてみた。
・・・聞こえるのですね。今からあなたの身体が誰にも見えないように魔法をかけます。
何も考えないで、力を抜いて。・・・
アビは言われた通りにして目を閉じた。
・・・さあ、もうこれであなたの姿は誰にも見えません。
音をたてないように、ゆっくりこちらに来て下さい。・・・
本当に見えないのか少し不安だったが、アビは言われた通り音をたてないように気を付けながら、アルビンの方に向かって歩き出した。
チチの横をすれ違う。
チチは必死にシュールの身体に手をかざして集中している。
シュールの死人のように青い顔を見て、アビは動揺した。
・・・シュール!!・・・
・・・大丈夫、シュールは生きています。チチが必ず助けます。
だからアビ、落ち着いて、声をたてないで。・・・
・・・は、はい。わかりました。・・・
アビはシュールの土気色の顔を思い出さないように、頭を振ってまた歩き出した。
今、自分は必要とされている。今まで皆の足を引っ張ってばかりで何の役にも立たなかった自分を必要としてくれている。アビはそう言い聞かせて、歩いた。
近付くに連れて、遠くからは分からなかったアルビンの苦し気な表情や、セラムとサンバールの血だらけのぐったりした姿が目に飛び込んで来た。アビの動揺を感知してアルビンは先回りをする。
・・・大丈夫です。みんな見た目ほどはひどくありません。落ち着いて。決して声をたてないで。・・・
今叫び出されては夢の予言が実現してしまう。
「おとなしくなったな。気を失ったか。」
悪しき力はアビに神経を集中させるアルビンを覗き込んで言った。
・・・まずい!・・・
アルビンは思いきり悪しき力を睨み付けた。黙って睨んでから、プイッと反抗的に顔を背ける。
余計な事を言って口を塞がれてはどうしようもないからだ。
「フフフフ。楽しませてくれる。」
悪しき力は満足そうに、肌があらわになったアルビンの胸に寄り添って、身体に伝う血を舐めた。
・・・アビ、私の右の腰に魔法の粉が入ったつぼがあります。
目に見えませんが、あの時シュールが使った眠りの粉と同じつぼです。・・・
アビはもうすぐ近くまで来ていた。
・・・悪しき力に決して触れないように、私の腰を探って下さい。・・・
アビは自分が誰にも見えないという事を忘れて、アルビンの方に大きく頷いた。後ろから見るとウロコや色は、シェーラの命を奪った魔物に似ている。憎しみがぐっと沸き上がって来る。
・・・興奮してはいけません。冷静にならないと失敗します。・・・
アビは一度下がって心を落ち着け、再び手をのばせば届くほどに近付いた。アルビンの腰に手をのばす。悪しき力がくるりとアルビンの後ろにまわる。アビは急いで飛び退いた。体重が軽い事が幸いして、足音は殆どしない。アビは注意深くもう一度アルビンの腰に手をのばした。
・・・あ、あった。ありました。・・・
・・・それは、貴重な魔法の粉です。ひとつかみを何回かに分けて、悪しき力の体全体に満遍なく振り掛けます。私の魔法と息をあわせて。同じ方向から連続してかけては位置を気づかれます。一度かけたら下がって、一呼吸置いてから、また別の方向からかけて下さい。いいですね?・・・
アルビンは慎重に念を押した。
これが失敗すれば万事休すである。
・・・わかりました。いきます。・・・
アビが粉を振り掛けると同時に、アルビンは発音を正確に、
「・・・・・・・・・」
と呟く。
「ギャ一一一一一一!!!!」
不意をつかれた悪しき力は、顔面を覆って仰け反った。
そこに間髪容れず、アビが第二弾を投げかけた。
今度は反対の方向からである。
アルビンは気配を察して、
「・・・・・・・・・」
と呪文を放つ。悪しき力に気づかれない様、小さく。
悪しき力はのたうちまわりながら、まだ仲間がいたのかと訝しがった。しかし考える間を与えず、アビはうまく色々な方向にまわって粉を振り掛けた。その度にアルビンはピタリのタイミングで呪文を紡ぎ出した。
七回目の呪文の後、悪しき力はぐったりとしゃがみ込んだ。アビはまだ粉をかけるかどうか迷って、アルビンの指示をあおいだ。
・・・少し待って様子を見ましょう。・・・
アルビンがアビの頭にそう話し掛けた。
悪しき力は、見る間に小さくなって溶けて行くように煙りを出し始めた。
もともとは姿のない邪悪な念の固まりである。姿が消えたからといって安心は出来ない。
しかし、もやもやとした煙りは、暖かい光を擁して邪悪な気配を消していった。その煙りは金色の固まりになって辺りを照らした。すると、アルビンを縛めていた棘だらけのつるは、拘束する力を失い消滅した。カランと音がして後には光らない石が残った。
セラムとサンバールも縛めが解けると意識を取り戻した。
「まぶしい、何だこの光は。」
セラムは目を細めて金色に輝く煙りの固まりを見つめた。
「シュール!!気が付いたのね!」
チチの叫び声が聞こえて来る。
・・・これが、本物の精霊だ。・・・
アビは漠然とそう思った。
・・・綺麗な女の人の姿なんかじゃない。大地のように大きく暖かい力、自然の恵み、それが精霊の力なんだ。・・・
しばらく辺りを浄化するように輝いた後、金色の光は大気中に四散した。
「あっ。」
皆同時に小さく声をあげた。
アルビンは悪しき力の正体に付いて考えた。
・・・魔物化を戻す魔法が効いたという事は、あれはもしや、精霊様が魔物化した姿だったのか。・・・
アルビンの夢は現実にはならなかった。心が弱ければ、と長は言った。皆の心が強く、悪しき力に打ち勝ったのだ。アルビンは今まで感じた事のない大きな満足感を胸いっぱいに吸い込んだ。
・・・精霊は大気に四散した。そして悪しき力も。消滅した訳ではない。大きな固まりだった悪しき力は、細かく大気中にばらまかれたも同じだ。少しでも心が弱ければ、付け入られ魔物化する者が出るかも知れない。しかしその為に私がいる。魔物化を防ぐ魔法を完全に完成させよう。それが私に与えられた使命だったのだ。・・・
アルビンは皆の身体を、優しい旋律で包み傷を癒した。
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