オンライン小説~銀の騎士~剣と魔法のファンタジー物語

銀の騎士本編

第6章~決戦~

オンライン小説~銀の騎士~剣と魔法のファンタジー物語

精霊(8)

チチが封印の魔法を施した神殿の扉は、アルビンの短い呟きであっさり一行を受け入れた。神殿の中は禍々しい空気で満たされている。緊張しながら全員が中に入ると、扉は音もなくひとりでに閉まった。

「美しい男を三人も連れて来るとは上出来だ。こいつは約束通り返してやろう。」
精霊だった者の声が、神殿の高い天井に響き渡る。皆が一斉に上を振り返ったが、声の主の姿は見えない。

「あっ、シュール!!」
チチの叫びに、その視線の先を追うと、神殿の一番奥に厳かに佇む祭壇の上から、精霊だった者に抱かれたシュールの姿が現われた。
精霊だった者がいらなくなった人形を捨てるようにシュールを放り投げ、サンバールが咄嗟にこれを受け止める。

「これは・・・!」

サンバールは異様な光景に、眉をしかめた。シュールはかろうじて生きてはいたが、生きる力は全て吸い取られ抜け殻の様だった。
アルビンはチチに、耳もとで一つの魔法を授けた。

「覚えましたね。あなたが失敗すれば彼は死にます。魔法に専念して。」
チチは耳もとで囁かれた優しい魔法を反すうした。

・・・この魔法は知っている。おばあちゃんが教えてくれた事がある。でも私にはまだ難しい上級の魔法だ。・・・

自分の生気を与える魔法、やり過ぎれば自分が死ぬ。
チチは精霊をアルビンに任せ、シュールに集中した。

「さあ、お前達は我のもの、我の力となれ。」

突然、胸の辺りがざわつくのを感じてサンバールは、居ても立ってもいられなくなった。そして誰もが予想しなかった思いもかけぬ行動に出た。大きな気合いの声をあげて精霊だったものに突進したのだ。

「無駄だ。我に剣は効かぬ。クックックッ。」
切り掛かったサンバールを見えない力で引き寄せて、精霊の姿をしたそれは右手を振り上げた。すると、どこから現われたのか棘だらけのつる草の魔物が素早い動きでサンバールを縛り上げた。

「くっ。」

サンバールが呻くのと同時に、アルビンは小さく叫んだ。
夢の中でアルビンが縛められていたのはあの棘だらけのつる草だった。やはり夢は予言だったと言うのか。

「サンバール!!」
「セラム!来てはいけません!」

サンバールの制止も聞かず、セラムは剣を振りかざした。弱そうに見えるつるは鋼のように刃がたたない。カキンと冷たい音がしてセラムの剣が元から折れた。セラムは焦って腰に帯びた短剣を抜いて、サンバールの縛めを解こうとあがいた。

「サンバール、大丈夫だ。私が必ず助ける。」
セラムは必死の形相で自分に言い聞かせるように繰り返す。

サンバールは深く後悔した。明らかに判断ミスだった。お世継ぎをお護りする立場でありながら、自分の好奇心を満たしたいが為に、セラムを危険に曝してしまったのだ。
精霊の正体を知りたかった。危険があるかも知れない事を、故意に考えないようにしていただけだ。自分の為に!

「お願いですからお逃げ下さい。」
サンバールは声を絞り出すように呻いた。

「いやだ、サンバール。いやだ。」

涙声になっているセラムの指は、棘で血だらけになっている。
サンバールは後悔で胸が押しつぶされそうだった。
剣には相当な自信があった。敵はちょっと手強い魔物だと思っていたのが甘かったのだ。
サンバールは唇を噛んだ。

・・・これはそんなモノではない。これの姿を見た時、卑怯者と言われても、この方をお連れしてさっさと逃げればよかったのだ。一撃も与えられず、この方の足手まといになる位なら死んだ方がましだ。・・・

「友情か、美しい。だが、お前達は二人共我の糧となるのだ。安心するがいい、命は取らぬ。フハハハハ。」

精霊の姿をしたそれが再び右手をあげた。

「セラム、逃げなさい。」
サンバールの叫びも虚しく、シュルルと現われた棘だらけのつる草に、セラムはあっさり捕まった。短剣の落ちる音が、哀しく響いた。

「美しい若者達、我に生気をあたえよ。」

つる草が一層きつく食い込んで、身体のあちこちから血が吹き出した。精霊だったそれは、徐々に恐ろしい顔つきになり、紅く長い舌をトカゲのように出し入れして、二人の身体から流れる血をちろちろと舐めている。
アルビンは足が竦み、動けないでいる自分に驚いた。

・・・あれは私の見た夢のままの光景だ。やはりあれは予言だった。
彼等は無関係だ。助けなければ。・・・

「さあ、精霊の力を内に秘めたる若者よ。我が手に落ちよ。さもなくばこの者達の命、保証はせぬ。クハハハハ。」

アルビンはつるに捕まらない様、注意深く近付いてゆく。粉をかける為には距離があり過ぎたからだ。あの魔法がこの邪悪の固まりのようなモノに効くかどうかは定かではないが、剣が効かない以上もう他に道は残されていない。
不規則にうねりながら突き出されたつる草を避けて、アルビンは粉をまいて叫んだ。

「・・・・・・・・・」
「グァ一一一一一!」

精霊の姿を借りていたそれは、一瞬怯んであるべき姿に戻った。醜い爬虫類のようなひび割れた肌、耳まで避けた口、紅く光った瞳、だがまだ女性体は保っている。

「小癪な!」

確かに手ごたえはあったように感じた。が、少し遠すぎた。
粉が満遍なくかからなかった。アルビンは再び粉のつぼに手をかけた。

「あっ!しまった!」

腰に付けたつぼに意識を移した一瞬に、アルビンは棘だらけのつる草に、右腕を絡め取られた。
セラムとサンバールは生気を吸い取られ意識が朦朧としていた。
アルビンは空いた左手で短剣を取り、つるを斬ろうとした。

「無駄だと言っただろう。愚か者め。」

物理攻撃が効かない事を悟ってアルビンは呪文を唱えた。
すると右腕に巻き付いていたつるの魔物は、だらりと力を弱めた。

・・・よし、魔法が効く。・・・

アルビンは素早く体制を立て直し、もう一度粉をひとつかみ投げ付け、

「・・・・・・・・・」
と叫んだ。

「グハッ。」

・・・効いている。・・・

アルビンは確信した。だが、近付き過ぎていた。アルビンは三度目の呪文を唱える前に、全身をつるの魔物にがんじがらめに巻き付かれ、身体中から血を吹き出した。
痛みがじわじわとアルビンを苛む。アルビンは先程つるの魔物に効いた、魔物を無力化する呪文を再び紡いだ。

「はっ。同じ手に二度もかからぬわ!」
邪悪で醜いそれは、アルビンの縛めの力を一層強め、アルビンを屈服させにかかっているようだった。

「精霊の力が我をより強大にしてくれる。お前は未来永劫、精霊の力を出し尽くすまで、我の糧として生きるのだ。」

不気味に静かな声で、邪悪なるモノはアルビンの肩の辺りに流れる血を舐めた。
その舌はざらついていて、傷口を抉るように痛みが伝わって来た。

「うっ。」
アルビンは思わず呻いた。

「我は美しいお前が気に入った。せめて顔に傷が付かないようにしてやろう。フハハハハ。」
アルビンは漆黒の瞳で敵のガラス玉のような瞳を睨み付けて言った。

「お前は、悪しき力なのか。」
「我は精霊。精霊は我。だが、遥か昔そう呼ばれた事もある。悪しき力とな。」

悪しき力はアルビンの正面にまわり、勢いよく衣服を引き裂くと、アルビンのはだけた胸に両手の平をついた。長くのびた爪がアルビンの胸に突き刺さる。

「うっく・・・。」
思わずアルビンは顔をゆがめて呻いた。

「フフフ。苦痛に歪むお前の顔、何と美しい事か。ハハハハ。」

悪しき力は爪に力を込めて、苦痛に喘ぐアルビンの吐息を楽しんだ。それから、ざっくりと刺した爪を一気に抜いて、吹き出した血を浴びた自分の腕と、血が滴る自分の指を丁寧に舐めた。

「さっきの人間も美しいが、すぐに気を失う。お前は精霊の力が強い故、我を楽しませてくれそうだ。永遠にな。クックックックッ。」

アルビンはぼんやりと遠くでシュールに気を送るチチを見た。

・・・チチ、早く逃げないと。こいつが気づく前に。こいつが私に気を取られている内に、早く。・・・

気を失いかけて、アルビンは己を奮い立たせた。

・・・あの少年が気づくまで、チチが少年と共に逃げられるまで、これを私に引き付けておかなければ。なんとか手の縛めが解けたら、粉さえかけられたら。・・・

「グハアァァァァ一一一一!!!」

新たな肌に爪を刺されて、アルビンは悲鳴をあげた。
この声はチチに届いているに違いない。さぞ恐ろしい事だろう。

・・・かわいそうに私の言い付けを守って、魔法に専念している。・・・
アルビンは自分の置かれた境遇も忘れて、チチを哀れんだ。

・・・必ずチャンスがある筈だ。大丈夫だ。私の心は強い。・・・
その時、神殿の扉がほんの僅かに開いた。

・・・なんだ?・・・
痛みに堪えかねて意識を無にしながら、アルビンは身体の傷を見ないように、考えないようにして、扉をぼんやりと見つめた。
悪しき力はアルビンをいたぶって、生き血を舐める事にすっかり夢中になっている。
小さく扉が開き、アビの姿が現われた。

アビが!
運命の子が!!

運命の子の助けという一条の希望が、アルビンの心を暖かく照らした。

アビは捕まっているアルビン達を見て、声も出せない様子だった。
今、声を出して捕まったら、アビも同じ目に遭うだろう。

アルビンは意識を集中させて、アビの頭に話し掛けた。
痛みで集中力が落ちている今は難しい魔法だが、悪しき力に気づかれない様、アルビンは必死でアビに呼び掛けた。

視線は外しながら、顔を歪ませて悪しき力の目を欺く事に全力を投入した。

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