オンライン小説~銀の騎士~剣と魔法のファンタジー物語

銀の騎士本編

第6章~決戦~

オンライン小説~銀の騎士~剣と魔法のファンタジー物語

精霊(7)

「さてと、まずはアビ少年の様子を見に行きましょうか。」
独り言の様に呟いて、サンバールはカルの街の入り口をくぐった。

「私も行くぞ。」
セラムはサンバールの肩に手をかけ、引き寄せるようにして言った。

サンバールの知り合いの女性とやらを顔を拝まなくては、納得が出来ないからだ。
サンバールは女性に関しては、他の事の十倍以上口うるさい。女性にだらしのない父王の血が流れているセラムが、女性のトラブルに巻き込まれるのを心配しているのだという事はわかるが、それにしてもうるさすぎるのではないかとセラムは思う。今までの長い付き合いの中で、サンバールに女性の影を見た事は一度たりともない。もしかしたら、サンバールは女嫌いなのかと考えた事さえあったのだ。その考えが何となく気に入って、今までそれで納得していた。だがそうでないのなら、セラムにとっては一大事である。

四六時中セラムの世話を焼いて、女性と接する時間など全くないサンバールが、女嫌いでないとしたら、もう少しサンバールを解放してやらねばなるまい。年令からいってもう妻がいてもおかしくはない。ひょっとすると、国に恋人がいるのかも知れない。それをセラムの為に離ればなれにさせたのであれば、何とも後味が悪いではないか。

セラムは絶対に引かないという構えで、サンバールを睨み付けたが、当のサンバールはどうでもいいとでも言うように、
「御自由に。」
と答えただけだった。

「私も心配だから一緒に行きたいです。」
チチが小走りに駆け寄ってサンバールの袖を引く。

「それでは皆で行きましょう。よろしいですか?」
サンバールはアルビンに確認するように言ったが、アルビンは小さく頷いただけで、何も答えなかった。
小さな街の中心にある宿屋の前まで来ると、サンバールは立ち止まった。

「ここか?君がアビ少年を預けたのは?」
セラムは少し驚いた様にサンバールの顔を覗き込んだ。

「ええ、そうですよ。私達の泊まった宿屋の娘さんに、預けたのです。あなたとずっと行動を共にしていた私が、あなたの知らない女性と知り合ったとでも思ったんですか?」
サンバールはからかうような目つきでセラムを一瞥すると、すぐに目を離して鼻で笑った。セラムは何も言い返せずに、ぐっと言葉をつまらせたが、サンバールは全くお構いなしに、セラムにマントのフードをかぶせた。

「中に入る前にマスクもして下さい。」
そう言って宿屋の扉を開けようとした瞬間、

「きゃ一一一一一一一一一一一一一一一一!!!!!」
と、女性の叫び声がした。アビを預けた娘さんの声に違いない。サンバールとアルビンが、素早く扉を開けて、悲鳴の聞こえた二階のに駆け上がる。セラムも急いでマスクをすると、チチと共に後を追った。

バタン、と勢いよく扉を開けたのはサンバールだった。サンバールはアビの部屋を知っていたので、まずはアビの部屋を開けてみただけだったのだが、悲鳴の主はそこにいた。

「あ、た、たすけて。」
窓を背にして、こちらに向かって震える声で助けを求めるのは、まぎれもないアビを預けた娘だった。しかし部屋にはアビとその娘しかいない。
アビはこちらに背を向けて一歩一歩娘に近付こうとしているところだった。

「何に怯えているんですか?」
サンバールが不思議そうに尋ねた声で、アビが振り返った。

「あっ!!!」
全員が息を呑んだ。アビが、アビが。

「ううぅううぅ。」
アビは苦しそうに呻きながら両手で頭をおさえている。
見る見る内にアビの爪はのび、口からは牙が剥き出し始めた。

「ぐががががぁ。」
紅く光った瞳が哀し気に彷徨い、口から粘液のようなものを落としはじめる。
ハッと我に返って、アルビンはどこから取り出したのか灰色の粉をアビに振り掛けながら、

「・・・・・・・・・」
と、聞き取れない呪文を叫んだ。

「ギオ一一一一一一グゲェ一一一一一一!!!」

粉がアビの身体を包みはじめるとアビは一層苦しんで、奇怪な声をあげた。

サンバールはやっと事態を呑み込んで、
「この部屋に誰も近付かない様にしてきて下さい。あなたの美貌で引き付けてもいいですから。」
と、セラムに耳打ちした。アビの奇声に集まりかけた客達に気づいて、セラムは急いでマスクを取り、大袈裟な芝居で、
「いたたたた。」
と腹を抱えた。

「変な声出しちゃってすみません。お腹が痛いんです。ああああ。もうダメだ。だれか、うううう。」
セラムはアビの奇声にあわせて大きな声でわざと痛がっては、時折甘えるような表情をつくって見せた。

サンバールは部屋の扉を閉め、そっと窓際にまわって窓も閉めた。
宿屋の娘がしがみついて来る。

「大丈夫です。何でもありませんよ。」
呪文の様に娘の耳もとで囁いて、娘を扉付近まで連れて来た。青ざめて小刻みに震えていたチチは、気を取り直して娘に優しく呪文を投げかけた。すると、サンバールの腕の中で、娘はぐらりと身を揺るがせて深い眠りに落ちた。

「お見事。」
サンバールはチチを励ますように笑ってみせた。そして、幸せな眠りに付いた娘をそっと床に寝かせると、腰に帯びていた剣を抜いた。

「やめて、あれはアビよ。」
チチはサンバールの手から剣を奪おうとしたが、サンバールは軽々とこれをかわした。

「万が一の時の為です。決して殺しませんから安心して。」
そう言って、三度目の粉を振り掛けるアルビンを見守った。

アビはもう唸ってはいない。ただ虚ろな紅い瞳で、ふらふらと立っているだけである。のびていた爪が元に戻ってゆく。口を裂いた恐ろしい牙も消えてゆく。三人はまんじりともせずに、新しい魔法の行方を見守った。

アビがこちらを振り返り、一歩近付いた。
サンバールは剣を握る手に力を込める。汗が滲んで来る。

アビがもう一歩近付いた。
サンバールは剣を裏返して構える。峰打ちの構えだ。
アビがもう一歩踏み出し、サンバールが剣を振り上げた時、アビはバタッとその場に倒れ込んだ。
アルビンが動かなくなったアビに近付き、仰向けに返して瞳孔を確かめる。
そしてホット胸をなで下ろした。

魔法は成功したのだ。アビの瞳は暗いブラウンに戻っていた。

「よかった~。」
緊張の糸がとけ、チチはどっさりその場に座り込んだ。

「この子の記憶は?」
サンバールがしゃがみ込んでチチの肩に手をのせる。

「大丈夫です。夢だと思う筈ですから。」
「魔法使いってすごいですね。」
サンバールは心から感心して言った。

「アルビン様は特別です。一族の中で三本の指に入る力の持ち主だもの。でも、私はまだ見習いなんです。」
チチは少し照れた様に頬を赤らめた。

人間が魔物化するところを全員が初めて見た。そして、魔物化した者が元に戻るのももちろん初めて目にした。
アルビンはアビの身体のあちこちを調べながら考え込んでいた。

・・・あれは内側からの力だった。魔物化は外部からの作用で起こると思っていたのは間違いだったのか。自らの力で魔物化しているというのか。・・・

なぜ運命の子が魔物化するのか、それが何を意味しているのか、考えても答えは出なかった。ただ、人間の魔物化はこれが最初とは思えない。おそらく今まで何度か誰もみていない所で人間の魔物化は起こっている筈だと思われた。

例えば行方不明の子供。アルビンは、各地の封印の地で子供が行方知れずになったと、セラムが言っていたのを思い出した。

・・・その子らはおそらくもう。・・・
アルビンは目を閉じてその恐ろしさに身震いした。
知能が低い者が先に悪しき力の呼び掛けに答え、次に心の弱い者が答えた。知能の低い動物が先に魔物化し、次に心の弱い人間が魔物化する。その次は?

想像するだけで恐ろしい、すべての生き物が魔物化し、殺しあう世界が待っているのだろうか。
悪しき力の呼び掛けに答えた者は、自らの力で魔物化する。決して無理矢理外部からさせられるのではなく、自分の意志で自分の力で魔物化するのだ。
唯一心のない植物だけは、感応力で魔物化はしたものの、悪しき力の思惑通りにはいかなかった。その結果が光らない石である。
これが、魔物化を解く為のヒントになったのだった。

・・・そんな事を見破った長はやはり偉大だ。私など足下にも及ばない。もとより、私には長になれるほどの力はなかったのだ。・・・

アルビンの思考を突き破って、廊下から大きな声が聞こえて来た。

「おおお!!いたたたたああ!!!」
サンバールとチチは顔を見合わせて思わず笑った。

「まだやっていた。」
「はやく終わった事を教えてあげないとかわいそうですよ。」
サンバールは軽く頷いて部屋の扉を開けた。

「セラム、薬が見つかりましたよ。」
「おお、そうか。皆さんお騒がせしました。薬さえ見つかればもう大丈夫。どうぞお部屋にお戻り下さい。」
セラムはすくっと立ち上がって、廊下に集まっていた野次馬達に微笑みかけると、足早にサンバールが顔を覗かせる部屋の中に姿を消した。

「ふ~、店の主人が外出中でよかった。」
セラムはそう言いながらアビの顔を見ると、
「戻ったのか!?」
と大袈裟に驚いた。

「魔法使いとはすごいものだな。」

感心したように言うセラムを見て、チチはクスッと笑った。
サンバールと全く同じ事を言っているのがおかしかったのだ。

そして窓から差し込む夕日に、セラムの明るい金髪が煌めくのが眩しくて、
チチはそっと目を閉じた。

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