第4章~謎~
オンライン小説~銀の騎士~剣と魔法のファンタジー物語
ツール村(1)
灰色の雲がコーリットの空全体を覆って、空気を一層冷たくしている。毛皮を身に付けてはいても、針のように突き刺す寒さは少しも和らぐ事がなかった。
ツール村へは馬で行く事になった。
コーリット城のアルテ様が人数分の馬と、サニ村での替え馬を用意してくれたのだ。その代わり、チチは連れ出さないという約束であった。
アビは何か言おうとしたが、もしチチが一緒に行きたいと思うなら、自分からアルテ様にそう言う筈だ。何も言って来ない所を見ると一緒に行きたくはないのだろう。そうシュールが言うので、納得せざるを得なかった。チチはまだ子供だし女の子だ。こんな男ばかりの旅に一緒に行きたい訳はない、と言うのが皆の共通の意見だった。
しかしアビには、チチが精霊の定めに従わないとは考えられない。
とうとう出かける日になってもチチは顔を見せない。チチの部屋を訪れてもそこにチチはいなかった。アビの心は重い。顔も見せてくれないなんて、そんなに嫌われてしまったのだろうか。
・・・やっぱり僕の事を怒っているんだ。当たり前だ。僕がシェーラを殺したようなものだ。許せる筈がないじゃないか。・・・
ツール村はフェンの村を更に南下した海沿いの小さな村で、ザトー達の故郷でもある。
精霊の言う光に溢れた場所がどこにあるのか全く手がかりはなかったし、次に行きたい場所もなかったので、アビとシュールは村に帰るというザトー達に同行する事にしたのだった。もしかしたら新しい土地で何か情報も得られるかも知れない。
馬の背に揺られながら、シュール達五人がふざけあっているのが、アビの瞳にぼんやりと映っている。けれどその会話は、耳に入っては来るが聞こえてはいなかった。そのうち誰の声も聞こえなくなり、音も色もない、上も下もない無の世界にアビはたった独り放り出された。
泳ぐような感覚で次元の狭間を彷徨っていると、どこからか知らない声が頭に響いて来る。
お前が殺した!
・・・僕が殺した?・・・
お前がチチを独りぼっちにした!
・・・僕がチチを独りぼっちにした?・・・
チチはお前を恨んでいる!
・・・チチが僕を恨んでる?・・・
その声はだんだんと大きくなり、知らない声だと思っていたそれが自分のモノだと気づいた時には、耳を覆いたい程の大声になっていた。
そうだ!お前のせいだ!
・・・そうだ。僕のせいだ。・・・
「なあ?アビもそう思うだろ?」
突然声をかけられ、アビは慌てて馬から落ちそうになる。
「おっと、何やってるんだよ。危ないなぁ。」
咄嗟に支えてくれたのはシュールだった。シュールはすっかり馬乗りが得意になっている。
両手を放しても乗れると言ってたっけ。
「ザトーの村の話だったよね?」
アビの言葉に他の全員が顔を見合わせた。
「アビ、大丈夫か?」
シュールが聞く。その顔は本当に心配そうだ。
「え?何が?」
「ザトーの村の事話してたのはもう一時間以上前だぜ。」
一瞬、沈黙が時を支配した。何を言われているのかわからない。
「え?」
ようやく口に出たのはそれだけだった。のどがやけに渇いている。
「今話してたのは、アミューの初恋の話じゃないか。」
「そ、そうだったの?全然聞こえてこなかった。」
聞こえて来ないと言う表現は正しかった。アビは皆の話を聞いていたつもりだったのだから。
「だからさ、大丈夫か?この頃ボーッとしてる事多いだろ?頭打ったんじゃないか?」
「うん、何ともないと思うけど、何やってたのか自分では全然覚えてないんだ。どうしてだろうね?」
今のアビを見る限り、これといっておかしな所はない。いつも通りのアビだった。それでもシュールは心配でならなかった。シュールにとってアビは弟みたいなものだ。心配でない筈がない。
「何かあったらすぐ俺に言えよ。」
「わかってるよ。ありがとう、シュール。」
アビの頭は自分の身体の一部とは思えない位重かった。
一日中ずっと走り続けていたような疲労と息苦しさを感じる。
・・・僕、本当にどうしたんだろう・・・
まよいの森(今はもう普通の森だが)を迂回して来た為、フェンの村に着くのに、歩いて森を通過するのと同じ位かかった。
「ここで宿をとるだろ?」
シュールは誰にともなく言った。ここでザトー達に出会ったのは、もう三ヶ月以上も前の事だ。苦い思いが胸を過る。
・・・シェーラ・・・
この村に一件しかない宿屋の一階で、シェーラとチチがガツガツと鶏の足にかぶりついていた光景が、昨日の事のように目に浮かぶ。
あれは三ヶ月も前の事だった。
胸がつまる。
「・・・やっぱりやめよう。そこら辺で馬を休ませて、食料を調達したらすぐ出発だ。」
もう夕方だというのに、シュールの言葉に誰も言い返さない。
皆が同じ思いだったのか、シュールの考えている事を悟ったのか。
ところが、そうすんなりはいかなかった。
フェンの村の入り口にさしかかると村に人が誰もいない事に気づく。
建物の一部は焼け落ち、一部は屋根が飛び、大風が通り過ぎたように木は薙ぎ倒されている。
「これは・・・!」
「何が起こったんだ!」
皆、馬から降りて呆然と立ち尽くしている。
「誰かいないか!」
アミューが大声で叫んだ。が、自分の声だけが虚しくこだまする。
「とにかく手分けして調べるぞ。半時ほどしたらここに集合だ。」
ザトーの言葉に皆、頷いて散っていった。
「アビ、俺達はこっちを調べよう。」
シュールはアビが心配だったので一緒に行動する事にした。
以前歩いたのと同じ路とは思えない宿屋への路、途中の建物にも人のいる気配は全くない。かろうじて残っていた家の扉をたたいてみる。だが返事はない。 前に水筒を買った道具屋も、今は見る陰もない。
・・・あの女の子はどうしただろう・・・
活気づいたフェンの村が脳裏に蘇る。
アビはふっとププタンを思った。もしこれがププタンだったら・・・。
アビの頬を涙が伝った。
「お、おい、アビ。大丈夫か?」
「え?」
頬を伝う暖かいものに気づいて、アビは両手で顔をそっと包み込んだ。
それが涙だと認識する前に、アビの口から嗚咽がもれる。
何故泣いているのか自分でもわからない。
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