第3章~危機~
オンライン小説~銀の騎士~剣と魔法のファンタジー物語
(1)
シュールにはもうしばらくの休息が必要だった。
しかしアルビンは容赦なく、フェンの村の調査にシュールを引っぱりだした。
四人は村長の家に滞在する事にし、調査は再開された。
アビの仕事はもうあと僅かだった。村びとの名簿の中から、フェンの村から移って来た人のリストを作るのだ。チチはアルビンに同行し、アルビンの訊き出した事を、書き留める役目をかって出た。 シュールは、アビを手伝う事になったが、村長の家には入れ代わり立ち代わり、銀の騎士への貢ぎ物を持った村びとが押し寄せて来るので、その対応でヘトヘトだった。
アルビンはこれらの貢ぎ物を断らず、銀の騎士に丁重に礼を言わせた。
しかもシュールの一番苦手な、丁寧な言葉で。
アルビンは実は自分を恨んでいて、こんな嫌な仕事をやらせるのではないかと、本気で思うシュールだった。
「ふう、もう勘弁して欲しいぜ」
一区切りついてアビのいる部屋に入って来たシュールは、見るからに疲れ切っていた。
「大丈夫? 今日はもう断ったら?」
「そんな事がばれたら、チチになんて言われるか。アルビン様のお言い付けが守れないの!ってキーキーうるさく言われんだぞ」
シュールはアビが書き物をしている机に腰掛け、きっちりと首を締め付ける上着の留め金をはずした。
「もうあとちょっとで終わるよ」
アビが書いているリストを覗き込んで、シュールは何気なく言った。
「フェンの生き残りって、女ばっかじゃん」
一瞬の沈黙。
「え?」
アビはちょうどこの時、最後の一人の名前を書き写し終わったところだった。リストには性別や年令も入れてある。今まで書き写すのに夢中で気づかなかったが、言われてみれば確かにシュールの言う通りだった。
「そんな驚かなくても、俺だって男女くらいは読めんだぜ」
「そうじゃないよ、シュール。フェンの村の生き残りが女性ばっかりだなんて、おかしいと思わない?」
心臓がドキドキいい始めた。これが何か重要な鍵である気がしてならない。
「おかしくないだろ? 男が戦ってる間に女だけ逃げたんだよ、きっと」
「違うよシュール、これ見て。もしそうだったら、子供の中には男の子がいるはずじゃないか。でもこの中には、たった一人もいないじゃないか」
シュールは名簿の中の年令と性別を目で追った。
「……本当だな」
「僕、アルビン様に伝えて来るよ」
アビが慌ただしく立ち上がる。
「そんなの帰ってからでもいいじゃねえか」
アビは首を横に振った。いても立ってもいられない気持ちだったのだ。
「んじゃ、俺も行く」
「ううん、シュールは休んでて。外に出たら村の人に捕まるよ」
アビは自分が書き写した名簿を持って、部屋を走り出た。
階段をかけ降りていくと、村長婦人がびっくりして
「どこへ……」
と訊いた。
「アルビン様のところに行って来ます」
振り返ってそう言ったが立ち止まらなかった。
外に出ると、急に肌寒かったが、アビはそのまま走った。
”何かある、絶対何か……”
アビの勘がそう告げている。これは絶対重要な事だと。
走りながら、アルビンがどの家にいるのかわからない事に気がついた。でも、アビがつくったリストの順に回っているはずだ。アビは最初から一軒一軒回ってでも、今すぐこの事をアルビンに伝えたかった。
最初に行った家では、「次期長様はもう何日も前に来た」と言われたので、アビはリストの何軒かを飛ばして次の家に行った。その家には、朝はやくアルビン様が来たと言う事だった。
五軒目でやっと、アルビンに追い付いたアビは、もうしゃべれないくらい息があがっていた。
「どうしたの!? アビったら」
チチが驚きの目を向けた。
アビはアルビンにシュールの発見を伝えようとしたが、言葉が途切れ途切れになってしまい、なかなか通じない。
「落ち着いて下さい」
アルビンがアビの背中をさすった。
家の人が水を持って来てくれたので、アビはこれを一気に飲み干した。
「はあ、はあ。はあ、はあ」
「どうしたんですか。そんなに急いで」
「シュールが……はあ、生き残りは……女の……人、ばっかだって……はあ、はあ、言うから……」
アビの言葉にピンと来たのか、アルビンはリストをすばやく広げた。
アルビンが持っているのは、最初の十軒だけだが、確かにみんな女性だった。
「そちらを」
アビの持つ完成したリストを受け取り、指を這わせながら確かめる。
完全に七十二人全員が、女性だった。子供も大人も……。
自然にそんな事が起きるはずはない。
アルビンは厳しい顔で
「良く知らせてくれましたね」
そう言ってアビの肩をポンとたたいた。
「あなたの家には男性はいなかったのですか?」
アルビンは痩せこけた中年の女性に向き直った。
「いいえ。だんなと息子が一人」
女性は辛そうに膝の上で手を握りしめた。
「哀しい事を思い出させてしまい、申し訳ありません。御主人と御子息がどうなったのか、くわしく知りたいのです」
女性は軽く頷いたが、なかなか言葉は出て来なかった。肩が震え始めている。
「魔物が現われましたか?」
アルビンは質問を変えた。
「はい、二匹。大きい石の固まりのような魔物と、小さい小鬼のような魔物が」
「その時あなたと娘さんはどこにいたのですか?」
「台所仕事をしていました」
「魔物はどこから現われたのですか?」
「屋根裏からです」
「家の外からではなく、屋根裏から?」
「はい。あたしはポールの名前を叫びながら、娘を抱いて外に逃げました」
「ポールは御子息のお名前ですね?」
「そうです。でも返事もなくて……悲鳴も訊こえなかったのに……」
「その時御主人と御子息はどこにいたのですか?」
「屋根裏で片付けをしていました」
「外に逃げた後、お二人に会いましたか?」
女性はうなだれて首を横に振った。
「何か他に気づいた事はありませんか?」
辛い記憶を呼び覚まされた女性は、もう何も答えられる状態ではなかった。
この調査が思いのほか大変なのは、誰も思い出したがらない辛い過去だからだ。
アルビンは比較的多くを語ってくれた女性に、深く感謝して頭を下げた。
アビとチチもこれにならった。
次の家では若い女性がただただ泣くばかりで、何の話も訊けなかった。その次の家でも、老婆は溜め息をつくばかりだった。結局この日は、新しい話を訊けないまま終わってしまった。
しかしアルビンの頭には、一つの仮説が生まれていたのだった。
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