オンライン小説~銀の騎士~剣と魔法のファンタジー物語

銀の騎士続編

第4章~混沌~

オンライン小説~銀の騎士~剣と魔法のファンタジー物語

(5)

「何か来る!!」

瞑想していたラステカがいきなり立ち上がり、素早く階下へおりる。
個々に訓練をしていたファージとクリストは、ただならぬ様子にあわてて部屋を飛び出し、ラステカを追った。

「ファージ、クリスト、お前達は何があってもこの屋敷から出てはならん。ここでありったけの力を村の守りに注ぐのだ。よいな」
「でも長は……」
不安げに口を出すクリストはまだまだ子供だった。

ロールでは長の言葉は絶対である。ファージはその事をわきまえており、何を思ったとしても一言も口を挟まず従う構えを見せた。だが、まだ若いクリストは長が心配だったのだ。
クリストとて時期長候補として充分に強い力を持っている。近付いて来る気配が尋常でない事くらいわかるつもりだ。

「言われた事に集中しろ」
だがしかし、ラステカはクリストを短い言葉で突き放した。
そして大きな扉から年を感じさせない軽やかな動きで、外へと飛び出して行った。
長より数秒遅れて嫌な気配を感じ取った魔法学校の老教師達は、生徒を屋内に残したまま、広場に飛び出して来た。

「ゴドー! 我らを害する者が近付いている。もしもの時は迎え撃て!」

ゴドーと呼ばれた老教師は、他の教師達に目配せすると、これもまた素早い動きで一旦建物の中へと引き返した。

ロールは隠れ里である。危害を加えようとする者には、存在自体が目に入らないはずなのだ。長の力で護られている筈なのに、敵は脇目も振らず、探す気配もなく、真直ぐにロール目掛けて突進していた。その数は数百。全員が馬に乗り武装している。
ラステカが感じ取ったのはそこまでだ。相手が誰なのか、何の為にロールに向かっているのか、そういった細かい事は何もわからない。ただ、悪意と共に近付いて来るという事しかわからなかった。

ラステカは村の中央にある精霊の水辺に立つと、しっかりと目を閉じ、樫で出来た杖を天に掲げ、大気中の精霊力を集めた。護りを強化する為だ。

先読みの一族の持つ魔法とは、先読みの力、護りの力、癒しの力の三つである。攻撃力となるようなものはない。だから敵を寄せつけないようにするしか村を護る方法はなかった。しかし万が一にも攻撃された時は、ゴドー達が武器を手にするだろう。ラステカは出来る限りの力で戦いを回避し、またやむなく戦いとなった時には、一族の者達を癒さなければならない。その為にここにいた。

精霊の水辺は、村の中でもっとも精霊力を強く発揮出来る場所だ。この水辺に強い精霊力が集まっているからこそ、この場所に里がつくられ長い年月護られて来たのだった。

しかし最強の護りの呪文を紡いでいるにも関わらず、敵はどんどん近付いて来て、今まさにロールの入り口に立っていた。

「だめだゴドー、何か我らが力を妨害する者がある。わしはここで妨害の手を探る。お前達は敵を食い止めろ」

武装して飛び出して来たゴドー達はわずか二十数名。それに村人達や上級の生徒をあわせても八十人足らずだ。まともにぶつかれば適うはずもない。それでもゴドーはラステカの言い付けに忠実だった。村中の戦える者達すべてに武装させ、その時を待ったのだ。

「……死ぬなよ」
長の言葉に少し顔を綻ばせ、ゴドーは強い意志の宿った顎をぐっと引いた。
そして武装した者達を村の入り口に配備する為、一礼して走り去った。

ステファンは、馬を降りロールの村の入り口に立った。老人ばかりの武装した村びとなど問題ではないが、ゼヒアは「敬意を払え」と言っていた。だからいきなり襲い掛かったりせず、まずは挨拶をすべきだと考えた。

「銀の騎士の再来であるゼヒア様の命により、先読みの力を持った者を二~三人借り受けたい。否と言うならば、やむを得ないが武力行使する」
大声でそう言い放ち、ゆっくりと村の中へ歩を進める。
もともと戦いの経験などないロールの民は、その気迫にジリジリと後ずさった。

「借り受けるとはどういう事だ。しかもゼヒア様だと!? 聞いた事もない」
ゴドーが受け答えた。

「俺にはわからんよ。二~三人連れて来いという命令に従うだけだ」
「ふざけるな。長の許可なくして何ぴとたりともロールに入れる訳にはいかん」
ゴドーがステファンに長い槍を向ける。

「帰れ」

ステファンがふんと鼻を鳴らし、右手で向けられた槍を掴みひょいと方向を変える。この老人は人を殺した事がない。ためらいなく槍を突き立てる事など出来ないのはわかり切っていた。

「俺は忠告したぞ」
槍を掴んだまま、ステファンは左手をあげた。
攻撃の合図が待機していた部下に伝わり、一斉に村目掛けてなだれ込んだ。

こうなってくるともう、好むと好まざるに関わらず、剣を交える以外ない。先読みの民は、精一杯の護りを自身に纏い、盗賊集団を迎え撃った。

なぜ長の護りがこうもやすやすと破られたのか。
戸惑いながらもみな健闘した。だが相手は戦い慣れた集団で、しかも倍以上も数が多いのだ。
撃退出来るはずはなかった。

この時ラステカはどこかにひそむ異質な者の存在を感知していた。それがロールの護りを妨害しているおおもとのはずだ。ラステカがわずかな手がかりも逃すまいと、複雑にはり巡らされた護りの呪文の合間を調べていたその時。

「長! 危ない」
クリストが屋敷から剣を持って飛び出して来た。

「来るな」
ラステカはカッと目を開け、切り掛かろうとしていた盗賊と自分の間に、すばやく壁を張った。
クリストがビクッとして立ち止まる。

「わしの言う事が聞けないか。早く中に入って護りの呪文を唱え続けるのだ」
ラステカに強い調子で言われて、クリストはまた中に入った。その様子をじっと見つめている視線に、ラステカは気づいていた。

邪悪に光る二つの目玉が宙に浮かび上がる。
”これか”

巧妙に護りの壁の糸をほぐしていた者は、視線の幻影を飛ばしてロールの様子をつぶさに調べていたのだった。攻撃の手を持たないロールの民であるが、自らの紡いだ魔法に介入した者だけには、反撃する術を持っていた。ラステカはすぐに反撃の術を試みる。これはいわば介入した者との精神力比べのようなものだった。
まずラステカが視線を飛ばして来た相手を逃げられないようにからめ取る。それから深くその精神に介入を試みる。ラステカの視線が鳥のように宙を舞った。

”お前は……!? 夢でアルビンを苛んでいた者だな。生きていたのか”

長の精神が敵の正体を探り出した。さらに打撃を与える為に、侵入経路を追って敵の精神の奥深くまで潜る。これは危険な技だ。もし相手の方がより強い精神力を持っていれば、このまま敵の精神に取り込まれ、一生出ては来られなくなるのだ。しかしそれは相手も同じ事だった。

”お前は何者だ!”

敵は何も答えず、ゆるりゆるりと遠ざかる。追って来させようとしているようにも見える。

”これは罠だ”

わかってはいた。だが、探究心を止められなかった。
敵の中に精霊力に似た力が燻っており、完全に邪悪な存在であるとは言いがたかったからだ。

”しまった!”

敵の精神内部に深く入り込み過ぎて、ラステカはバランスをくずした。

”ばかめ”
はじめて敵の声が頭の奥深くに響いてきた。

”先読みの魔法の組み立て方はすべて見破った。何か仕掛けようとしても無駄だ。”

ラステカは夢に見たアルビンの姿を思い出していた。
永遠の時間を、悪しき力と思しき醜悪な魔物に縛され続け、力も知識も吸い取られ……
そこまで思い出してハッとした。敵は先読みの里にはり巡らされた護りの魔法を、気づかれる事なく紡ぎ変えた。あの決戦の時、アルビンの中から知識を盗んだのだ。だとすればこのまま虜になっては、もっと多くの知識を敵に与える事になってしまう。

ラステカはすぐに引き返し始めた。が、もう遅い事はわかっていた。敵の力は強大で、簡単には倒す事も逃げることも適わない。が、虜になるのだけは避けなければならなかった。それには少しでも自分の身体に近付かなければ。

逃げ道はどんどん塞がって行く。背中から野太い無気味な笑い声が聞こえる。
それでもラステカはわずかな光を頼りに、自分の身体に戻ろうと試みた。

”無駄だよ、もうここからは出られない”

余裕に笑う悪しき力は、ラステカが逃げようと必死にもがいていると思っている。だが、ラステカがしようとしているのは、逃げることではなかった。

わずかなわずかな隙間から、自分の身体のまわりにはり巡らされる護りの壁を取り払う事だけが、目的だったのだ。敵が油断をしていたおかげで、ラステカは気づかれる事なく護りの壁を壊す事に成功し、ほーっと一息ついた。

次の瞬間、精神が抜けて抵抗出来ないラステカの身体を、盗賊の刃が貫いた。
身体が命を失う時、精神はどこにいても自分の身体に戻される。

ラステカは見事、混沌の虜とならずにすんだが、
その代わり民に一言も助言を残さぬまま、息耐えたのだった。

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