オンライン小説~銀の騎士~剣と魔法のファンタジー物語

銀の騎士続編

第6章~確信

オンライン小説~銀の騎士~剣と魔法のファンタジー物語

(2)

夢を見ていた。
幼い頃の夢だ。先読みの隠れ里ロールで、チチは魔法学校に入ったばかりだった。

先読みの力を持った子供達は、五歳になると例外なくロールに集められる。親元から離され最低でも十五までは、ロールの魔法学校で先読みの力の操り方を学ぶ掟だ。掟を破る事は精霊様を裏切る事に等しい。どんな遠い国に薬師として奉公に出た者達も、この掟を破る事はなかった。

その年、五歳になる子供は二人だけだった。チチとエルダ、二人とも女の子だ。
エルダはノーマキアから来た、色白で黒髪のお人形みたいな女の子だ。アルビン様と同じくらい青白い顔をしている。黒い髪はつやつやでほんの少しカールしていた。

チチはここに来るのを楽しみにしていた。コーリットを離れる事は少しも辛くなかった。
でもエルダは初めのうち泣いてばかりいた。

「どうして悲しいの?」
チチは不思議そうにエルダに聞いたものだ。

「だってここにはママとパパがいないもん」
「私がいるよ。私がいつもエルダと一緒にいる。だから泣かないで」

チチはエルダの髪をそっと撫でてあげた。
「私のパパはね、私がうんと小さい頃死んじゃったんだって。死ぬってお空に行く事よ。わかる?」

エルダはチチの話に興味を引かれたのか、徐々に泣きやんで、かすかに頷いた。
「ママはね、お病気なの。だからチチはあんまりママのそばには行っちゃいけないんだって。あ、自分の事チチって言うと怒られちゃう。チチって言った事、内緒ね。」

エルダは今度は大きく頷いた。

「でもね、寂しくなかったよ。おばあちゃんがいつも遊んでくれた。魔法の使い方も教えてくれたよ」
「すごいすごい! どんな魔法?」

「幸せになる魔法だよ。エルダにかけてあげる」

チチはエルダの頭に手を置いて、短い言葉を紡いだ。エルダは途端に笑顔になった。魔法のせいではない。だって魔法だと信じていたあの言葉は、ただのおまじないだったと今は知っているから。

「ありがとう、チチ。私もう泣かないよ」
泣かないよ――泣かないよ――泣かな……

最後の言葉がチチの頭の中で何度も響いて小さく消えた。

身体のあちこちが痛い。目をあける事が出来ない。口を動かす事も出来ない。
ちょっとでも動かそうとすると、頬がズキズキと痛んだ。
気分は最悪だった。それでも耳に爽やかな小鳥のさえずりが聞こえてくると、目を開けたいと思うから不思議だ。
辺りは薄暗かった。

目だけうっすらとあける事が出来たが、身体は動かない。
チチは立ったままの姿勢で、大木に縛り付けられていた。
誰もいない。

空を見上げる事は出来ないが、たぶん朝だろう。
口の中に金属みたいな血の味がする。のども、ひりつくように痛い。
腕や胸に食い込んだ縄目も、ズキズキする打ち身や切り傷に、新たな痛みを加えている。

しかしどうやら生きているらしいことは確かだった。いや、まだ安心は出来ない。このまま日干しになるのを待っているなら、もう死んだも同然だ。

チチは少しでも痛みをやわらげようと、癒しの力を繰り出そうとした。だが、痛みで集中出来ないので、精霊力をうまく引き出す事が出来ない。薬草と併用しないと、精霊力だけで癒すのはかなり体力を使うので無理だ。それでもほんの少しは、ましになったように錯覚した。

精霊力を借りる事で、この縄を解くのは無理だろうか。もし可能なら、その為に体力を残しておかなければならない。どんなに痛みで気が遠くなろうと。 チチは考えた。今まで教えられた様々な言葉を思い出す。組み合わせて縄を解く方法を探る。

あった。

きっとこの言葉で縄の呪縛を解く事が出来る。出来なかったら……。
いや、きっと出来る。そう信じよう。

チチは目を閉じて言葉を組み合わせるタイミングをはかった。森にこだまする精霊力をかき集め、力を貸してとお願いする。痛みの事は頭から追い出した。
力が縄目に差し掛かった瞬間を狙いすます。難しい。何度も何度も試す。なかなかうまくいかない。

「無駄だよ、お嬢さん」
チチはハッとして目を開けた。集中していた為か、気配に全く気付かなかった。

「ア、アルビン様!?」
チチは驚きのあまり、我知らず大きな声を張り上げていた。その拍子に頬の打ち身が痛んだ。

「つっ……」

「お嬢さん相手に手荒なマネはしたくなかったが、あんたは魔法使いだ。容赦するとこっちがやられるからな。顔に傷つけるつもりはなかった。許してくれ」

そう言ってにやりと笑った顔は、アルビンと瓜二つである。アルビンよりも体格がいい。ひとまわり大きい感じだ。そして、髪の色は見事なまでの銀髪だった。

「あなたは誰なの」

急にチチは寒気を感じた。よくない予感がする。
この気配は昨日の攻撃者と同じだ。情け容赦ない残忍な。

銀の髪を持っているという人間は一人しか知らない。
うわさが本当なら……けれどなぜ、なぜアルビン様と同じ顔をしているのだろう。
震えが身体中を走る。
アルビンに似た男は、チチの傷付いた頬を右手の甲でそっと撫でた。全身に鳥肌が立つ。

”助けて、シュール!”
心の中で叫んでみたが、シュールが助けに来るはずはなかった。
そもそもチチがシュールを助けに来たのだ。

”私はなんて馬鹿なの。シュールに助けを求めるなんて。たとえ助けに来たって、シュールには何も出来やしないわ”

「触らないでよ!」
チチは気丈にも頭二つ分大きい相手を睨み返した。

「おっと、お嬢さんは御立腹のようだな。俺は退散しよう」
「待ちなさいよ! 何のつもりなの!? 私を捕まえてどうするつもりよ。だいたいあなた何者よ!」

もう口を動かすと顔が痛いなんて言っている場合ではない。
怒りが込み上げて来て言葉がほとばしった。

「わからないか? 俺は銀の騎士だよ。ただし本物のな」
「嘘つき! 変装してるんでしょ! この変態!」
男はギロッっとチチを睨んだ。

「あんたはよっぽどの馬鹿らしい。自分がどういう状況かわかっていないようだな」
一瞬怯んだが、チチは目を伏せなかった。意志の強いハシバミ色の瞳で、精一杯睨み返した。

「教えてやろう。あんたは実験の為に連れてこられた。あんたの頭の中を覗いて魔法の操り方を盗もうって訳さ。女魔法使いから力を吸収出来ない訳もな。あんたは逃げる事は出来ない。力は封じられているはずだ。試してみるがいい。あと少しってところで上手く行かない焦れったさで気が狂うまでな。あんたは杖がなきゃ強い力を使えないらしいな。縛られたその格好で虚勢を張っても怖くないぜ、お嬢さん。あんたの魔法は封じられている。何も出来やしないんだ」

そう言ったきりプイッと向きを変えて足早に男は立ち去った。
涙が出て来た。傷にしみてよけいに痛いのに。泣きたくなんかないのに。

”あの男の言う通りだわ。私はなんて大馬鹿なんだろう。たった一人でこんなところに来てしまった。一人で何が出来るって言うの。そうよ、私は護りの力しか知らないのに。せめてアルビン様に御相談すればよかった。今さら後悔しても遅いわ。……でも、たった一つわかった事がある。

――女魔法使いから力を吸収出来ない訳もな――

男はそう言った。

”私が敵に力を与える事はい。”

チチは僅かに安堵して静かに目を閉じた。力が本当に封じられているのか試す為に。
取り留めもない事が頭に浮かんでは消える。やはり集中出来ない。精霊力を集める事は出来る。でもそれを使う事が出来ない。なんてことだろう。ここから一人では逃げられない。そして、チチがここへ来た事は誰も知らない。

”……シュールは無事だろうか”

かん高い鳥のさえずりが、だんだん遠くなった。

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