第3章~危機~
オンライン小説~銀の騎士~剣と魔法のファンタジー物語
再びコーリット城(1)
翌日になってもアビは目覚めなかった。
コーリットには薬師はシェーラしかいない。残されたチチは、とても人の治療ができる状態ではなかった。
専属薬師の仕事は、病気や怪我の治療だけではない。先読みの力で末を占って、王の政の手伝いもしなければならなかった。治療はともかく政は幼いチチには到底無理だ。シェーラ亡き今、先読みの一族の里に出向いて、新しい薬師を派遣してもらう必要がある。
王はアルテの気持ちを考えて何も言わなかったが、アルテには分かっていた。
すぐにでも政の補佐をする者が必要である事を。
・・・シェーラの代わりは誰にもつとまらない。・・・
それでも、新しい薬師をコーリットが欲しているのだから、王の妃として我が儘を言ってはいられないのだろう。先読みの一族の里は、おそらくチチを引き取ると言うだろう。アルテはチチの行く末を考える。
・・・チチは妾がこの城に引き取る。一族の長がなんと言おうと。王女ローズの話し相手として、妾のそばにおいておこう。・・・
「誰ぞ、先読みの一族の里に遣いを!」
「アルテ様、俺に行かせて下さい。」
城の騎士達ともすぐに打ち解けていたシュールは、先読みの里に遣いを出すというアルテ様の命を、いち早く知って名乗り出た。
アビはいつ昏睡から醒めるとも分からない。シェーラもいない。このままでは氷の洞くつにも行けないし、シュール達が城に滞在する理由はもうなかった。
「その代わり、帰って来るまでアビをここにおいて欲しいんです。」
シュールは続けた。
「そなたらはシェーラの客、好きなだけ滞在するが良い。里に行くはそなたらには関係のないこと故、気にする必要はない。」
アルテは大儀そうに答えた。
「いいえ、アビには薬師が必要です。俺が里に行って薬師を連れて来ます。」
「・・・。」
「お願いです。このままジッと待ってるだけなんて俺の性にあわないんだ。行かせて下さい。」
「・・・そこまで言うなら行くが良い。誰が行こうと妾には同じ事。」
そう言ってシュールに一通の書状を手渡した。
「これは必ず長に手渡しておくれ。他の者に頼んではならん。よいな?」
「はい!必ず長に渡します。」
シュールが深く礼をして下がろうとした時、アルテ様がぽつりと言った。
「チチは置いて行けよ。」
振り返るともうアルテ様はシュールに背中を向け、奥の部屋へ消えるところだった。
シュールはこの使命が、自分に全部まかされたものと思っていたのだが、実際は違っていた。王城の騎士が二人アルテ様の命を受けており、シュールはそれについて行くという形だった。
先読みの一族の里までは、馬で七日程だと言うが、シュールは馬に乗った事が一度もない。しかし一緒に行く騎士達が親切に、かつ簡潔に乗馬を教えてくれたので、すぐにコツをつかんだ。シュールには栗毛の馬があてがわれたが、七日続けて走るのは無理なので、途中の村で別の馬に換える必要があると言う。
その道行きにザトーも加わる事になった。
クロッカの足がなおるまでどこにも行けないので、アミューとスーに、アビとクロッカの世話を頼んでおいたと、ザトーは言った。ザトーもやはりジッとしていられるタイプではなかった。
ザトーには黒毛の馬が与えられた。
「まかせとけ。馬乗りは得意だ。」
壮年の騎士が苦笑いをする。彼は、名をアルベルトといった。白髪混じりのいかにも品の良い紳士で、物腰が優雅で穏やかだった。
彼がこの道行きに選ばれたのは、先読みの里の長を知っていると言う理由からだ。
もう一人の若い騎士は、カイン。騎士になりたての下っ端だ。シュールと年頃も近く、育ちはいいのに気取ったところのない気さくな青年だった。好奇心旺盛で、シュールの事を色々聞きたがる。普段あまり城の外に出ないので、旅人が珍しいのだろう。
それにしてもあまりにも当然の事を何も知らないこの青年は、どうやって暮らしているのか不思議にさえ思える。
例えば、薬草の値段や光る石の引き取り値段、武器や防具の値段など全く知らないし、パンの作り方や、湯の湧かし方さえも知らない。
生まれた時から城の別棟に住み、食事も着る物も全て支給されるので、自分で買い物をする事がないのだと言う。そういう人たちの事を、貴族と呼ぶらしい。そして騎士には貴族しかなれないのだと言う。
シュールは初めてこの世界に身分というモノが存在する事を知った。
「一番偉いのが王様で、次に偉いのが貴族って訳か。んじゃ、その次は?」
「後は全部一緒、平民だよ。」
「じゃあ俺達は平民なんだ。へ~。」
日常的な事は何も知らないのに、シュールの知らない事は知っているんだな、とシュールは変に感心してしまう。
「でも、シュールもザトーもコーリットの人間じゃないから、平民とは言わないんじゃないかな?ねえアルベルト様、そうですよね?」
カインは壮年の騎士に敬意を込めて様付けで呼んだ。
「ププタンは本来はコーリットに含まれるんだが、ずいぶん離れているからね。だが、身分の話などどうでもいいんじゃないかね?」
「あっ、そうですよね。」
そのやり取りを聞いていたザトーが、シュールに耳打ちする。
「なあ、俺達もカイン様とか呼ばなきゃまずいんじゃないか?」
「!なるほど。」
「僕に気を使うのはやめて下さいね。今は同じ使命を持った仲間なんですから。」
どうやらザトーの声が聞こえたようだ。
「気なんか使うかよ!」
「それならいいんだけど。」
カインは屈託なく笑う。
銀の騎士の末裔である先読みの一族も、貴族だと言う。しかも王様の次に位が高いらしい。シュールには難しい事は良く分からなかったが、国の専属薬師というのは、物凄く偉い地位なんだそうだ。
・・・婆さんなんて呼んじゃいけなかったかな?・・・
シュールはシェーラを思い出しフッと笑ったが、笑ったと思ったのは口元だけで、瞳は暗い闇に覆われていた。
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