第3章~危機~
オンライン小説~銀の騎士~剣と魔法のファンタジー物語
再び氷の洞くつ(1)
三人とも押し黙ったままその場所を通り過ぎる。
たいまつの明かりに照らし出された床には、あの時の焼けた後が生々しく残っていた。
あの時誰かが踏んだであろう床の模様を避けて、三人は更に奥へと進む。ここから先は未知の世界だ。床の模様以外の仕掛けもあるかも知れない。
たいまつの日がゆらゆらと消える度に、三人は慎重に立ち止まって再び火をつける。凍えそうな程寒い氷の洞くつの中で、緊張の為か額に汗が浮かんでいる。アビは剣を握りしめたままの手に力を込めた。
その場所から奥に50歩程降りて行くと、そこは行き止まりで、澄んだ水をたたえた池が造られていた。
「行き止まりか。」
シュールがたいまつを高く掲げて辺りを見回した。
「ここに精霊の封印が?」
アビも何か罠があるのではないかと、慎重にまわりの様子を伺った。
「聖なる石ってのはどこにあるんだ?」
ザトーが水の中を覗き込んだが、そこには何もないように見えた。
「罠かも知れないけど、ここを歩いてみる?」
池の真ん中に誘うように造られた細い通路を指差してアビが二人を振り返る。
「よし、俺が行く。お前達はここで待っててくれ。」
「シュール!」
進もうとしたシュールの腕をつかんで引き戻し、アビは首を横に降った。
「僕が行く。こういう時は体重が軽い方がいいんだ。」
と、訳の分からない事を言い、シュールが答えるよりも先にその第一歩を踏み出していた。
「気をつけろよ。アビ。」
「大丈夫。」
アビはゆっくりと池の中央に造られた通路を奥へ進んでいく。
「床の模様に気をつけろ!」
シュールが心配になって口を出すと、アビは答えずに背を向けたまま軽く左手を上げた。
一番奥まで来ると通路は踊り場のように少し広くなっていたが、よくみると床の石は全部模様が入っている。そして突き当たりの壁には何か紋章のような彫刻が刻まれていた。ここからは届かない位置である。
「シュール!この先は床が全部模様が付いてて行けないよ。」
アビが振り返って言った。アビとシュールの距離は20歩といったところだ。
「よし、そこで待ってろ。俺も行く。」
通路は問題なかったのでシュールも、両側の池を警戒しながらゆっくりアビの方へ近付いていく。
「俺も。」
と言ったザトーに、
「いや、何が起こるか分からないからここにいてくれ。何かあったら助けを呼ぶから。」
と、慎重に念を押して、シュールはたいまつを掲げて通路を進んだ。
後ろから来たシュールが持っていたたいまつの明かりで、踊り場が照らされると、アビは突き当たりの壁に見えていた彫刻に不自然な出っ張りがある事に気づいた。
「シュール、あれ。何かの印だよきっと。」
「ああ、魔物を呼ぶ印だったらおわりだけどな。」
アビが思い切り手をのばす。
届かない事は一目瞭然だったが、何かがアビをそんな行動に駆り立てたのだ。
「届かない、どうしようか?」
「たいまつの火を消してこれの先で押してみよう。」
しかしそれでも、後ほんの少しのところで届かない。
「ちっ。」
シュールが振り返ってザトーを呼ぶと、すぐさまザトーがやって来た。
「俺の出番か?」
「ああ、あそこに飛び出した出っ張りを押したいんだ。俺の体支えてくれ。」
「よし、わかった。」
ザトーに支えられて斜に体をのばし、力を込めて押す。すると、ガーッと大きな音と共に視界が揺れる。
「おっとっと。」
なんとか体制を立て直し、模様の床に倒れ込むのを防いだシュールの目に、池の底が盛り上がってくるのが見えた。
「何だ?魔物か?」
構えるシュール。ザトーはもと来た通路を急いで引き返す。
「アビ、お前も早く。」
ザーッという大きな音と共に池の水はどこかに流れて減っていく。
元の位置まで引き返して振り返ると、そこにあった池はきれいさっぱりなくなって、平らな床が広がっていた。魔物が出て来る気配はない。
シュールはもう一度たいまつに火をつけて目をこらした。よく見ると先ほどまで池だった一番奥の両端の床が暗くなっている。シュールは床の模様に気をつけながら左側の奥へ進んでみた。するとそこには下におりる階段があった。
「隠し階段だ。」
そう言って手招きするシュールの方へ、アビとザトーが恐る恐る近付いた。
「何だかやな感じの階段だな。」
「でも、行ってみるしかないよね。」
たいまつを持ったシュールを先頭に暗く狭い階段を降りて行く。一歩、二歩、三歩・・・階段は意外と短く八段で終わった。そして、狭い地下室の台座の上に仰々しく飾られた大きな石を見つけた三人が、ほぼ同時に小さく叫んだ。
「あれだ!」
三人がやっと入れるような狭さの地下室の中で、大きな石を囲んで顔を見合わせると、みんな黙ってうなづいてそっと手を出した。
誰の手が一番先に触れたのか分からない。
が、シュールはこの感触だと直感的に思った。ププタン村の裏山で封印の石に触れたシュールを弾き飛ばしたあの力がおそって来ると予感した途端、意識は消失した。
シュールとザトーが弾き飛ばされたのを感じながら、アビは身動きすら出来ないで、その石の上に手をおいたまま固まっていた。凄まじいまでの力が石に集中しているのが分かる。その力はアビの目には煙りの様に見えた。石から螺旋を描いて力の渦が沸き上がる。それを凝視したままアビは恐怖を感じていた。光の精霊が現れた時の感じとは明らかに違う上に、ぴくりとも動く事が出来ないのだ。やがてその煙りは這うようにしてアビの手から身体にまとわり付いてきた。えも言われぬ恐怖の中で、アビは叫ぶ事も目を閉じる事すらも許されなかった。
ひとしきり調べるように煙りはアビの身体を這い回る。そして手を伝って石の上に戻ると徐々に形を成し始めた。
それは光の精霊とは全く違った、ゾッとするような冷たい美しさだった。
「あなたは運命の子供ですね。」
美しい女性の姿になったその力が、頭の中に響くような声でアビに問いかけると、初めてアビの戒めが解けた。
「わ~!」
と、石から急いで手を引っ込めて叫ぶ。
「怖がる事はありません。あなたがどんな人間か調べていたのです。」
アビの瞳からはまだ恐怖の色が消えない。
「あなたが持っている銀の小箱、それが隣の部屋にあります。それを取って来て下さい。そうすれば私の封印は解けるでしょう。」
「あ、あなたは、精霊なの?」
アビは恐る恐る口を開いた。
「私は闇の精霊です。精霊が作ったその銀の小箱は、魔法の力を閉じ込める力を持っています。悪しき力も封じる事が出来る代わりに、精霊力をも封じる事が出来るのです。そしてその封印は魔力を持たない人間の子供にしか解く事は出来ないのです。」
「シュ、シュールとザトーは大丈夫なの?」
「私が今この姿を保っているのは彼等の生命力を借りての事。あなたが銀の小箱を取って来てくれたら、彼等は意識を戻すでしょう。」
「わ、わかったよ。取って来る。」
アビは倒れている二人をまたいで、階段をのぼる。
剣を持ったまま震える右手を左手で何とか支えながら、一歩一歩ゆっくりと。
一人で右側の暗い階段を降りて行くのはとても怖かった。
しかもたいまつを持って来るのを忘れていた。震えも止まらない。
アビはシェーラの顔を思い浮かべた。心の中のシェーラは
・・・そんなに怖がらなくとも精霊様が守って下さる。大丈夫じゃよ・・・
そう言って笑った。
・・・そうだよね、シェーラ。怖い顔だけど精霊なんだから大丈夫・・・
アビは自分に言い聞かせる。
右の階段を一歩一歩降りて行く。こちらもやはり八段。中の造りは左右対称になっている。
光ゴケの淡い光の中、目をこらすと
「ああ、あった!銀の箱だ!」
やはり台座の上にそれはあった。手をのばし箱を手にとってみるが何も起こらない。アビはホッとしてそのまま来た路を足早に戻った。床の模様に気をつけながら。
「持って来たよ。」
「開けて下さい。」
アビは光を予想して目をつぶったまま留め金に手をかける。カチッという音がして中からさっきの無気味な煙りが現れた。アビが薄目を開けて見ているとそれは杖の形を成し始める。
「おお、力が漲って来る。」
闇の精霊はそのままスーッと消えてしまった。
「あっ、待ってよ。」
精霊が消えると同時にシュールとザトーが目を覚ます。
アビは振り返って、困った様な顔で銀の小箱を二つ、手の平に並べて見せた。
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