オンライン小説~銀の騎士~剣と魔法のファンタジー物語

銀の騎士本編

第6章~決戦~

オンライン小説~銀の騎士~剣と魔法のファンタジー物語

精霊(5)

「アルビン。もうすぐお前に迎えがやって来る。」
ラステカは厳しい表情でそう言った。先読みの力が現われたのだ。
先読みの力は、夢の形を取る事が多い。
偉大なる長の夢に自分のどんな未来が映し出されたのか。
アルビンは静かに次の言葉を待った。

「精霊でないものの気配が、お前を飲み込もうとしている。打ち勝てるかどうかはお前次第、お前の心が弱ければ、邪悪なる気配がお前ごと世界を飲み込むであろう。」

アルビンは、胸の辺りがざわつくのを感じていた。予感が適中したのだ。運命の子らは精霊を解放していたつもりで、悪しき力をわざわざ解放してまわったと言う事になる。自分もこれに手を貸してしまった。予言はいつも抽象的だ。どう解釈するかは自由だった。

アルビンが、自分自身の事を予言されたのは初めてだった。
今まで自分の夢にすら自分の未来が現われた事はない。
心が弱ければ、と長は言った。

・・・私が弱かった事は、一度もない。・・・
アルビンは強い意志の宿る漆黒の瞳で、黙って長を見つめた。

「魔物化した者を元に戻す魔法は、大方完成した。が、すべてに試した訳ではない。今から新しき魔法を与える。一度で覚えよ。お前なら可能だ。」

ラステカは、一句一句確かめるようにゆっくりと区切りながら、無表情なアルビンの瞳を見つめ返した。アルビンは黙ってうなずき、これから伝授される新しい魔法の旋律が紡ぎ出される、長の口元に注意した。

「・・・・・・・・・」

それは一瞬だった。短い旋律、魔法を知らない人間には聞き取れない音。こんなに短い呪文が、魔物化を止められるのか疑わしいほどに、短い音だった。

「覚えたな?」
「はい。」
アルビンはキッパリと答えた。

「これを。」
ラステカは小さな素焼きのつぼを、アルビンに手渡した。
魔法を助ける為の薬草を入れるつぼである。

「光らない石からつくったモノだ。今の呪文を唱える時、魔物にかけよ。ひとつまみでよい。どちらか一方では、魔法は無意味なものとなる。必ず同時にな。」
「わかりました。」

アルビンは相変わらずの無表情で、自分の運命を呪っているのか、喜んでいるのか伺い知る事は出来ない。幼い頃から口数も少なく、必要最低限の言葉しか発しない。ラステカはふっと、アルビンが自分を恨んでいるのではないかと考えた。

生まれてすぐに親と離され、25年間も厳しい修行だけの為に生きて来た。外界とのつながりを断つのは魔力を高める為だ。多くの人間と接すればそれだけ魔力は落ちるし、先読みの里から出れば、さらに魔力が奪われる。

先読みの里はラステカの結界の中にある。次期長候補はここで、誰とも交わる事なくひたすら魔力を高める修行に励む。そして長になればなったで、次なる長候補の為に結界をつくり、魔法を伝授し、里を守り、生きて行く。産まれ落ちたその時から、命尽きる瞬間まで、自分の為に生きる時間は一秒たりとも与えられないのだ。

物思いから現実に戻ると、そこには無表情で自分の言葉を待つアルビンの視線があった。

「誰かが来たら、お前が出迎えよ。お前の判断で好きな時に旅立つがよい。」
そう言ってラステカは、アルビンに退室を促した。アルビンが黙って頭を下げて部屋から出て行くのを、ラステカはいつまでも見つめていた。
一つの時代に三人もの次期長候補が生まれる事は、かつてなかった。
それが、世界の混乱と関係しているのかどうかは、ラステカにも分からなかった。
魔力の強い子供が生まれるのは、一族にとっては喜ばしい事だが、一度に三人は長になれない。ファージが次の長になるのは、そう遠い事ではない。自分の命ももうすぐ尽きるだろう。その後、アルビンとクリストのどちらかが長になるとしても、ファージが長になってから三十年以上待たねばならない。

候補は二人も必要無い。

ラステカが運命の子にアルビンを付かせたのは、無意識にアルビンは長にはならないと、決めていたからかも知れない。
だとしたら気の毒な事だ。長にならなくてよいのなら、早く下界に出して、楽しい人生を送らせてやった方がいい。しかし、長になる為だけに育てられた子供が、下界に出される事を嬉しいと思うだろうか。

・・・酷な事をしてしまったのかも知れん。・・・

ラステカは深い溜め息と共に、目を閉じた。
最後の封印の地に同行させたが為に、アルビンはまた里から出る運命になってしまった。
誰を同行させるか、決めたのは他でもないラステカ自身だった。

アルビンは頭のいい子供だった。すべてを語らずともすぐに言わんとする事を理解した。表情がないのは子供の頃からだった。思った事を決して顔に出さないし、もちろん口にもしない。だからといって何も考えていない筈はない。

・・・あれの魔法は力強い。魔法にのみ感情をぶつけているのか。不憫な子よ。・・・

ラステカは我知らず涙した。

夢の中でアルビンは、精霊の姿を借りた得体の知れない邪悪な力に捕まっていた。棘だらけのつる草の魔物が全身を拘束し、身動き出来なくなったアルビンの白い肌に、邪悪な者の爪がくい込んでいた。いつも無表情のアルビンが苦痛の為に美しい顔をゆがめ、悶えていた。魔法の旋律を紡ぎ出さない様に、口も棘のある植物のつるで拘束され、顔中に血が滴っていた。乙女の姿だった邪悪なる者は、次第に醜い正体を現わし、アルビンの身体のあちこちから流れる真っ赤な血を嘗め回しながら、更に新しい場所に爪を刺しては血の味を楽しんでいた。

そんな事になるとわかっていながら、自分は何故アルビンを送りだそうとしているのか。なぜもっと、気をつけろと言ってやらないのか。

ふいに鳥の羽ばたきが聞こえて、ラステカの思考は遮られた。
窓の外の目をやると、真っ白い大きな鳥が飛び立ったのが見えた。

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