第1章~予兆~
オンライン小説~銀の騎士~剣と魔法のファンタジー物語
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戻って来たチチは、今度はトレイに山盛りの食べ物を持って来た。
目を見張るようなごちそうが、シュールの目の前に差し出され、思わず口笛を吹いた。
「すごいな。あんた、よっぽど金持ちなんだな。こんなごちそう見た事ない」
「チチよ。チチって呼んで」
「わかったよ」
シュールは焼きたての肉にフォークを突き立てた。そして豪快に口に運んだ。先程まで腕を持ち上げる事にも難儀していたのが嘘のようだ。今度は肉の旨味がじわっと口の中に広がった。
「もう十日くらい何も食べてなかったのよ。だって目を覚まさなかったから」
チチが哀しそうに言うのを横目でちらっと確認すると、シュールはパンに手をのばしながら聞いた。
「何でそんな泣きそうな顔してるんだよ」
「何でって心配してたからでしょ。シュールが助からなかったらどうしようって……」
チチは言葉を詰まらせた。
「俺は何で寝たきりになっちまったんだ? あんたと一緒に旅してたって言ったよな。あんたは俺の何なんだ?」
「シュール……。本当に何も覚えてないの? これっぽっちも?」
「ああ、何がなんだかわからん。第一、こんな上等な部屋は俺のもんじゃないだろ? ここはあんたの家なのか?」
「あんたって言わないで! チチだってさっきから言ってるでしょ!」
チチは少し元気を取り戻し、頬を膨らませた。
「わりぃ、わりぃ。チチだろ? もう覚えたよ」
そんな受け答えをしながら、シュールは前にもこの少女と、他愛もないこんな会話をした事があったと思った。何故かスッと出て来る言葉は、からかい口調だ。でも、はっきりとどんな会話をしたのかは思い出せなかった。
「で、ここはどこなんだよ、チチ」
何か話しているうちに、ポッと思い出せそうな気もする。
「ここは、コーリット城。私はこの城の専属薬師だったシェーラの孫よ」
シェーラの名に何か反応するのではないかと、シュールの顔色を伺ったが、何も思い出した様子はない。チチは言葉を続けた。
「私達は銀の箱に閉じ込められた精霊様を解放する為に、あちこち旅をしていたのよ。私とシュール、それにアビ」
シュールの顔色が一瞬変わったように思い、チチは言葉を切った。
アビを思い出したのかも知れない。
「アビはシュールの幼馴染みよ」
シュールはしばらく考え込んだようなポーズだったが、やがて首を横に振った。
「だめだ。なにか思い出せそうな気がしたんだが」
「そう」
チチは弱々しく溜め息を付いた。
「ザトーやアミュー、クロッカとスー。みんな荒くれ男みたいだけど、優しかったわ。一緒に氷の洞くつに入って、おばあちゃんが魔物に殺された。アビは左腕をひどくやられて昏睡してた。あなたは新しい薬師を派遣してもらう為に、ロールの村へ行ったのよ」
シュールは食事を終えて、チチの話をじっと聞いていた。
「ロールは先読みの一族の隠れ里。魔法使い修行の学校があるところよ。私もそこで魔法を学んだの」
「じゃ、あんた、魔法使いか?」
シュールはびっくりした顔でチチの話を遮った。
「チチだってば!」
シュールを睨み付けてから、
「そう、まだ見習いだけど魔法使いよ。お城にいる薬師はみんな魔法使いよ」
と言った。
「魔法で俺の記憶、戻んないのかよ」
チチはクスリと笑った。シュールは変わっていない。記憶を無くしたというのに、ちっとも動じない。前と同じ明るくて楽しいシュールだ。
「魔法はね、何でも出来る訳じゃないのよ。怪我の治療をしたり、時々は未来を読んだり。精霊様の力を借りてね」
「な~んだ。あんま、役に立たねえのな。で、精霊様とやらの解放は終わったのか?」
「……ええ」
チチが先を話し出さないので、シュールは黙って待つ事にした。自分がこんな状態になっているのだから、何もかもうまくいったという訳ではなさそうだ。チチは哀しい思いをしたのかも知れない。
シュールはふと手許のトレイに視線を移した。そこにはまだ小粒のぶどうが一房、食べ残されていた。それを時々一粒ちぎって口に運ぶ。ぶどうは酸っぱい味がした。
「最後の銀の箱を手に入れ、神殿でそれを開けたの。七つとも」
唐突にチチが話だしたので、シュールはぶどうを食べるのをやめて、チチの目じっと見つめた。シュールよりずっと年下であろうこの少女の瞳は、強い意志を宿している。
「中にいたのは精霊様じゃなかった。悪しき力だったのよ。悪しき力はシュールを人質に取って、自分の力を強くする為に、先読みの力を持った人を連れて来いって……」
「人質?」
何か思い出そうとしたが、まるっきり何のイメージも湧いて来なかった。
「そう、操られて……連れて行かれたの」
「先読みの力はチチだって持ってるんじゃないのか」
確かにそうだ。しかし、あの時悪しき力はシュールを質に取り、男を連れて来いと言った。はっきりと男と。これは何を意味するのだろう。
「シュール。もう休んだ方がいい。急に思い出す必要ないんだから。また明日にしましょ」
何を思ったのか、チチは話を打ち切りたいらしかった。でもシュールは少しも疲れていない。たくさん食べたからだろう。眠るのはもう飽き飽きという気がする。
「まだ大丈夫だ。もっと話を聞きたい。ダメか?」
チチはシュールのこんな顔に弱い。シュールは全く意識せず、整った顔立ちを武器にしている、とチチは思う。甘えたような表情だ。ずっと年下のチチでさえ、母性本能をくすぐられる。もし、シュールがこのまま銀の騎士として、貴族階級の中で暮らす事になったら、とんだ女たらしになるかも知れない。
王宮の貴族女性達は、教養もなく機知にとんだ会話も出来ないシュールに、猫を可愛がるような愛情を抱くだろう。ダンスで女性の足を踏んでしまうようなヘマをやらかしても、かわいいで済まされてしまうに違いない。
容易に想像出来る不愉快な未来に、チチは意味のわからない腹立たしさを覚え、ピシャリと言った。
「ダメよ! もう寝なさい」
そして、乱暴とも言えるやり方で、トレイを持って部屋を出て行ってしまった。
あっけに取られていたシュールは、力が戻ったとはいえベッドから起き上がるほどではなく、横になるしかなかった。なぜチチが急に機嫌をそこねてしまったのか、まったくわからなかった。
腰をずらしてまた横になってから、シュールは鏡の事を思い出した。
”怒り出す前に、鏡を持って来てくれって言えば良かったな。”
眠る為には、外はまだ明るかった。
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