第2章~集い~
オンライン小説~銀の騎士~剣と魔法のファンタジー物語
まよいの森(4)
「もう、ちゃんと台詞は覚えた? 襟が曲がってる」
「んなもん、曲がってたっていいじゃねえか」
「その言葉づかい、やめてって言ってるでしょ。せめて今日だけはやめてよね」
「わぁったよ」
「だからその言葉づかいだったら」
「なんて言やいいんだよ。まったくうるせえな」
チチはちょっと離れたところから、シュールの服装を点検した。
「うん、ばっちり。見た目だけは貴族に見えるわ。ずっと黙っててほしいわね」
「んだよ、そりゃ」
「いい?教えた言葉以外何も言っちゃダメだからね。わかった?」
「わかったって。お前、うるせえよ。世話焼き女房みたいだぞ」
「な、なによ、それ! 私の事は覚えてないくせに、なんでそんな言葉は覚えてるのよ」
「知らねえよ。お前、ホントに俺と知り合いだったのか?」
「嘘言う訳ないでしょ! 失礼ね」
コーリット城の幅広い廊下をバタバタと騒々しく通り過ぎる二人を、誰もが唖然と見守った。いまやコーリット一身分の高い二人の貴族の会話とは思えなかった。
今日のこの日をチチはずっと先延ばしにして来た。
元はと言えば自分のついたほんの小さな嘘が原因である。
今日、王の広間で、シュールはグリファサードの姓と、コーリットに程近い一等地を領地として賜る。シュールがそれを治められるとも思えないが、土地の管理をする代理の人間は他にいた。名目上、シュールが領主となっても、問題はないだろう。そう楽観するしかない。
なにしろ、先読みの一族の長、ラステカにも散々無礼をはたらいてきたシュールである。コーリット国王の御前に出す事だけでも、罪悪のような気がする。それをお膳立てしてしまったのが自分なだけに、チチははらはらの、し通しだった。
「ちっ、この襟きつくて苦しいな」
「我慢してよ、一日くらい」
「だから我慢してるだろ」
「しっ、ここから先は一言も喋らないで。わかった?」
「わかってますって」
大広間にはコーリットに居を構える貴族達の他、遠方の地を治める地方貴族まで、わんさか集まっている。チチは気が遠くなりそうだった。
ちらりと隣を垣間見ると、チチの気苦労など察するべくもないシュールが、緊張した様子もなく退屈そうにしている。チチはがっくりと力を落とした。
チチは侍女の案内で広間に入っていき、シュールは次ぎの間に控えている。
”ああ、せめてシュールが黙っていてくれますように”
祈りの言葉とともに王の入場を知らせるラッパが鳴り響いた。
”随分大袈裟だな”
シュールは居並ぶきらびやかな面々と、騒音のような音楽に嫌気がさしたが、チチに言われた通り黙っていた。自分とは関係のない出来事のようだ。このド派手な儀式の主役が自分だという事も忘れて、シュールは手持ち無沙汰にぼんやりと突っ立っていた。そのうち侍女に促されて王の広間に入っていくと、耳がおかしくなりそうな音楽と拍手が沸き起こった。
シュールはチチの姿を探した。チチはアルテ王妃のすぐ近くで、シュールを睨み付けていた。いや、実際睨んでいた訳ではないのだが、シュールにはそうとしか見えなかった。
”チチのやつ、見張ってやがる”
シュールは笑いをかみ殺し、神妙な顔のまま王の御前に進んだ。王の目の前で跪き頭を下げる。いいと言われるまでそうしていろとチチに言われていた。 王の横で真面目くさったちょび髭の男が、目録のようなものを読み上げている。シュールは全く聞いていなかった。が、そのもったりとした声のせいで、急に眠気が襲って来た。
”やばい……あくびが出そうだ”
”……早くしろよ、このひげおやじ”
”……眠くて死にそうだぜ”
”…………う、もうダメだ。我慢できねえ”
”いかん、いかん。ここであくびでも………しようもんなら……………”
”……チチに…………なんて……言われっか……”
”……………………”
ハッと気づくと場内はざわめいている。咄嗟に顔をあげると、チチが怖い顔で睨み付けていた。
”やばい。なんだ、なんだ。”
どうやら、お礼を言う番だったらしい。何度も促されたんだろうか。
後でチチに絞られる。そんな事を思いながら、教えられた台詞を棒読みで言う。
「ありがたき幸せに存じます」
”あれ? 違ったかな? まあいいや。”
シュールが下がって宴会が始まると、チチが急いで寄って来た。小言を言う為だろう。
「もう、ヒヤヒヤしたわ。寝てたでしょ!」
「いや、ちょっとうとうとしたけど。だってあのちょび髭、話が長くて……」
「しっ。こんなところで、大臣にちょび髭なんて言わないで」
たくさんの貴族が、銀の騎士と話をしたくて近付いて来た。しかし、チチはシュールの体調がまだ万全でない事を理由に、退出の許可を得た。主役などいなくとも宴会は盛り上がるものだ。
「武勇伝を聞きたかったが、いたしかたない」
王は残念そうにシュールを見送った。
部屋に戻り、チチはほっと胸をなで下ろす。一番、悩みのたねだった授与式が、何事もなく終わった。あっという間だったが、物凄く長い時間のような気がする。ちょび髭の長演説のせいかもしれない。確かにシュールの言う通り、ちょび髭の話はうんざりするほど長かった。
”これから先は、もう知らないわ。”
そう思っていると、
「なあ、俺いつ家に帰れるんだ?」
とシュールが言った。どっと疲れが押し寄せた。
「もう、ここが家なのよ。コーリット城に居を許すって、たった今言われたじゃない」
「村に帰りたいよ」
「そんな事……」
言いかけてハッとした。
「シュール、村ってどこの村!?」
心臓が止まってしまったように感じた。と思うと、突然バクバクと大きな音を立て始めた。
「ププタンに決まってるだろ? 俺が帰るとこは他にないよ」
「…………思い出したの?」
チチは口に手を当てていた。涙がこぼれそうだった。
「何を?」
「何をじゃないでしょ。どこまで思い出したの? 私の事は?」
「何言ってんだ? チチに決まってるじゃん。思い出すも何も……」
「だって、シュール。記憶喪失だったじゃない」
「え? 俺が? 嘘だろ?」
今度は、記憶を失っていた事を、すっかり忘れているのだった。
授与式の、ほんの短い居眠りが、シュールを元に戻した。
「もう、なんだっていいわ。よかった、シュール」
チチはシュールに思いきり抱きついた。
「お、おい」
突然、面を喰らってたじろいだが、チチが泣いていたので、シュールはそのまま、手の置きどころに困りながらじっとしていた。やがておそるおそる、チチの背中に手をまわし、力を込めた。
チチの髪は甘い花の匂いがした。
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