第3章~杞憂
オンライン小説~銀の騎士~剣と魔法のファンタジー物語
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アビが闇の精霊の入った銀の小箱を開いたその瞬間、フェンの村の男達が一斉に魔物化したという説は、もはや疑いようがなかった。だが、なぜフェンなのだろう。氷の洞くつから一番近いのはコーリット城だ。そのまわりには城下町が広がっており、闇の精霊が何らかのオーラを出したのだとしても、そこからまた迷いの森を抜けた先にあるフェンにだけ作用するのは、納得がいかなかった。
その上魔物化したのが男達ばかりというのもわからない。
それとも亡くなった女性の中には魔物化した者もいるのだろうか。
フェンの村の住人の記録は残っていなかった。村長一家は全滅だったし、村は焼け落ちていたからだ。だから女性が何名いて何名が生き残ったのか、調べる事は不可能だった。
しかし男性が一名も生き残っていないところを見ると、少なくとも男性が全員魔物化したのは確からしかった。 フェンの村は迷いの森に一番近い村である。 アルビンはその事がなにか重要な鍵であると感じていた。
精霊の力と悪しき力は、種類こそ違っているが、どちらも魔法の源となる力だった。
という事は二つの力は似通っていたのかもしれない。
迷いの森では光の精霊が姿を現わした。精霊は「私に足りない記憶が別の銀の小箱にある」と言った。光の精霊は力をなくしていた。そして、精霊力とは太古からの精霊の記憶であるとも言った。
”どういう事だ!?”
フェンの聞き込みを終えた今、行くべき場所は迷いの森しかないように思えた。
”チチは置いていこう。シェーラと暮らした思い出の場所に、連れていくのはかわいそうだ”
アルビンが一人、物思いに耽っていると、チチが音もなく現われ、毅然とした態度で、
「私も行きます」
そう一言だけ言った。
チチにも多少なり力がある。アルビンの思いは口に出さずとも伝わったのだった。
「大丈夫ですか? 無理をしなくていいのですよ」
チチは首を横に降り、微かに笑みを浮かべてみせた。
「心配しなくても、シュールをいじめたりしませんよ」
アルビンは悪戯っぽく笑った。
「な、なんでそんな事」
チチはあわててしどろもどろになっていた。アルビンは楽しそうにクスッと笑い、
「では、みんなで行きましょう」
と言って立ち上がったのだった。
チチはこの前の会食以来、アルビンがセラム達の影響を受けているような気がしてならない。サンバールはいつもセラムをからかっているように見える。そして二人はいつ見ても幸せそうだったし、憂いなど何もないように見えた。アルビンはそんな二人を羨望と共に眩しそうに見つめていたように、チチには思えた。
生きる事を楽しむ習慣は、アルビンの今までの生活には皆無だった。先読みの里から出た事もなかったし、長以外の人間と口をきく事も滅多になかっただろう。
チチにはアルビンが、今を楽しんでいるのが、よくわかった。生まれて初めて、生きる喜びを味わっているのだ。
この端正な横顔が、今まで笑い方を知らなかったのは、哀しい事だった。
最近のアルビンはよく笑う。前のような偽物の笑みではなく心からの笑顔に見える。
「どうかしましたか?」
アルビンの顔をじっと見つめていたチチに、アルビンはまた笑いかけた。
「いいえ」
チチも笑みを返した。
アルビンは以前のように、触れられるのを嫌がらなくなった。
それに自分から人に触れる事も怖がらなくなっていた。
”アルビン様が笑ってくれるようになって、本当によかった”
チチは心からそう思うのだった。
「力に変化はありませんか?」
唐突な質問に、チチは大きなヘーゼルの瞳をまるくした。
「力って?」
「先読みの力です。精霊様が大気中に四散しても、今のところ精霊力は使えています。でももしかしたら、力はだんだん弱まって来てそのうち使えなくなるのかも知れない。どう思いますか?」
チチは魔法が使えなくなる日など考えられなかった。生まれた時から力と共に生きて来たのだ。
「私の力はそんなに強くないので、今は変わらないように思えますけど」
アルビンはチチの頭にそっと手を置いた。
不安に狩られたチチを安心させるには十分すぎるほど、大きな手だった。
アルビンの手はいつもひんやりと冷たい。しかし、触れられると決まって暖かい気持ちになれた。
”もしかすると護りの力を込めて下さっているのかもしれない”
「行きましょう」
アルビンはチチの背中にそっと手を移し、チチを先に部屋から出した。
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