オンライン小説~銀の騎士~剣と魔法のファンタジー物語

銀の騎士続編

第4章~混沌~

オンライン小説~銀の騎士~剣と魔法のファンタジー物語

(6)

雪を見るのは初めてだった。

アルビンは改めてロールから出た事のない自分の境遇を、やるせない思いで噛み締めた。本の中でしか知らなかった世界が、目の前にある事の素晴らしさ。先読みの時期長候補として、あらゆる魔法の訓練、剣技、知識を吸収はしたが、それだけではだめなのだ。この目で見た事は、百の知識にも勝る。

例えばこの雪の美しさ、冷たさ。
雪が白く美しく冷たくはかないものだと知ってはいたが、本当の感動は知らなかった。
胸が詰まる思い。
感情の波。

そういったものがある事さえも、今まで知らなかった。

いや、そうではない。本当は知っていた。ひた隠しにしてきただけだ。一度感情を表に現わしてしまったら、際限なくあらゆる欲望が流れ出す。時期長として許されないそれらの欲望は、すべての感情と共に、封印しておくべきものだった。

コーリットの雪まつりは、初雪があってはじめての晴れた日、と決まっていた。専属薬師の占いで、その日が決定されるのだが、今年は初雪から三日後とされた。その頃にちょうど雪が止み、晴れ間が訪れるのだろう。

雪まつりの日取りが決まると、城下町はにわかに活気をおびる。家の前の大きな木に色とりどりの飾りを施したり、扉には針葉樹の葉で創った飾り輪をかけたり、町中が来春の豊作を祈って大忙しだ。

ロールでも、豊作を祝う祭りは行われたが、こんなにも活気はない。静かに厳かに執り行なわれる。飾り付けも地味なもので、大抵は村の女達が麦やもろこしの皮を編んで、人形のようなものをつくるだけだった。

生き生きとした城下町の人々の表情、ロールでは見た事もない飾り物、この地特有の料理の数々、コーリットに滞在している間に、アルビンは様々な事を学んだ。

雪まつり当日、晴れてはいたが空気の冷たい朝だった。
コーリット城の石畳の前庭にはたくさんの人が集まっていた。みな、銀の騎士を一目見たいという思いから、前へ前へと押し寄せる。それを衛兵がロープを張って遮る。しかし魔物を連れてきたのは、老婆ただひとりだった。

老婆は魔物を怖がる様子もなく、抱き締めるように優しく接している。これがアビの言っていたリーネさんと犬のファーガなのだろう。魔物の方も赤い目をしている以外は普通の犬と変わらない様子だった。すっかり飼い主に馴れており、時々鼻の先を擦り付けたりしている。リーネは出来るだけファーガが落ち着くように、大勢の人々から庇うように薄布をかぶせて自分の身に引き寄せていた。

やはり魔物化してしまった家畜を、誰でもすぐに殺してしまうのだろうか。
リーネのような例が他にもあれば観察したいと思っていたが、いなかったようだ。
アルビンは目立たない服装で石畳の切れた大きな木陰に身を隠し、前庭の様子を観察していた。完全に気配を消して、誰も自分を気に止めないよう護りの力を身に纏った。もうすぐシュール達がやってくる時間だ。王と王妃もこの見せ物に多大な関心を持っており、王宮二階の大きな窓辺からこちらを伺っているはずだ。失敗は許されない。

頼んでおいた騎士が、銀の騎士の登場を告げる為に鐘をならした。
これを合図に、王宮の扉が開き、アビとチチ、その後ろにシュールが現れた。

アビは慣れない蜂蜜色の長衣に深い緑の上衣を重ね着して、紅葉した銀杏の葉のような鮮やかな帯をつけ、王より賜りし銀の長剣をかかげ持つ。

チチは檸檬色の長衣に若葉色の上衣を重ね、紫の帯をまき、素焼きの壺を捧げ持つ。上衣に袖はなく、丸い襟には刺繍のついた縁取りがある。アルビンの見立てた服装は古来より儀式の時に使われるもので、現在でもロールの里では絹を使って儀式の衣服を作る者がいる。しかしここでは誰も着ていない種類の衣だった。

シュールには騎士の正装をさせた。白い長衣に重ねた黒く襟の高い長そでの上衣には、銀糸の刺繍で唐草模様が描かれている。古い書物の中で、銀の騎士が持っていた盾は、剣に蔓草が絡まる模様がついていた。その蔓草を上衣にあしらったのである。いつも束ねている髪は降ろさせ、アルビンがほんの少し精霊の力を借りて白銀に輝かせた。この髪の色を民に印象づける為には、黒の上衣がぴったりだったのだ。

民衆から驚きのため息がもれた。
シュールは完璧だった。誰がどう見ても、本物の銀の騎士に見えるだろう。

練習の成果かシュールは上手く舞をやってのけた。表情も変えず、何もしゃべらず、シュールにしては快心の出来と言えるだろう。

剣をアビに渡し、チチから壺を受け取ると、一匹しかいない魔物に振り掛ける。ファーガは上か手をかざされて牙を剥いたが、リーネが頭を撫でるとじきに大人しくなった。
シュールが三回目の粉を振り掛けた時、アルビンは小さく呪文を唱えた。すると、いきなりファーガは苦しみだして、民衆はざわめきと共に後ずさった。その場にいた全員が固唾をのんで見守る中、ファーガは徐々に、真っ黒い毛並みから、薄茶色の柔らかい毛に、まっかな目から、黒っぽいブラウンの目にと変化していった。完全に変化が終わると、ファーガは力つきたようにぐったりと倒れこんだ。眠ってしまったようだ。

どっと歓声が沸き上がる中、三人は厳かな様子を崩す事なく、もと来た扉の中へ消えた。
あとは衛兵の仕事だった。

アルビンは儀式の成功を見届けると、そっとその場を離れた。シュールはよくやった。
ねぎらいの言葉の一つも言ってやらなければならないだろう。

アルビンが王のいると思われる二階の窓を見上げると、二つの人陰が揺れた。
王と王妃も儀式に満足して席を立ったのだろう。

前庭の歓声はいつまでも止まなかった

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