第6章~確信
オンライン小説~銀の騎士~剣と魔法のファンタジー物語
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ギルの森に向かって移動して来て、森林近くの小さな村に宿をとった四人は、久しぶりにベットで身体を休められる事に喜んでいた。今まで野宿が多かった。村に立ち寄れても、一人一人に部屋があることは少なく、床で寝たり馬屋の干し草の上で寝たりするのが精々だった。だが、この村には誰も旅人が来ないらしく、宿屋の部屋は全部空いていたのだった。
ふかふかとまではいかないまでも、ベッドでの眠りはありがたい。
四人とも疲れていた。だから早いうちに部屋に引き上げて眠った。
眠りが訪れるか訪れないかのうちに、あの声がシュールの頭を支配した。どうしようもなく抗いがたい魅惑的な声だ。頭では引き込まれちゃいけないとわかっていた。だがどんどん引きずられた。ほんわかして暖かく、気持ちのいい空間が広がる。足を踏み入れちゃダメだ。そう思いつつ、これは夢だ、ひさしぶりのベッドでいい夢を見ているだけだという思いもあった。
やがて一歩足を踏み出したシュールを待っていたのは、母親の体内みたいな空間だった。何の不安もない、何の痛みもない、何の憂いもない、ただ守られている安心感。
しかし、次に気がついた時には身体中が何かの術にかけられたみたいに、身動き出来なかった。
あの気持ちのいい感覚はとうに消えており、どんよりとした気味の悪い感じが広がっている。でも動く事も目をあける事も出来ないので、自分がどこでどうしているのかわからなかった。
目を開けていないのにも関わらず、醜い老婆が自分を見下ろしているのが、はっきりとわかった。見た事もない気味の悪い老婆だった。老婆の声は地に響くような太い声だった。
そして老婆が何を言ったのか。
シュールは覚えている。
老婆は何と言った?
――お前を追って先読みの女が手に入る。お前の使い道は色々ある。殺しはしない。安心するがいい――
そう言って老婆は、ひび割れた指でシュールの額を突いた。
――眠れ――
シュールは眠りの檻に拘束されていた。どこにも出口はなかった。だがそこは妙に居心地がよくて、そのうち逃げ出そうって気持ちもなくなった。狭くてあったかくて気持ちのいい眠り。それは永遠に続くはずだった。あの時チチがか細い声で、シュールを呼びさえしなければ……。
シュールははっきりと思い出していた。
あの声に引きずられちゃいけないと、アルビンからもチチからも何度も言われていた。だから声の方へ行ってはいけないと、ちゃんと知っていた。知っていたが欲望に勝てなかった。
”チチをこんな目にあわせたのは、誰でもない。この俺じゃないか”
涙は止まらなかった。父親が死んだ時だって、こんなに泣きはしなかった。
となりのお節介なジェシカおばさんが死んだ時も。シェーラが死んだ時も、泣きはしなかった。
泣く事は恥ずかしいことだ。男が泣くなんて! 涙を誰にも見せちゃいけない。そう思って十八年間生きて来た。それなのに、今涙が止まらない。
誰も見ていないとわかっている。だからだ。涙が出るのはだからなんだ。 シュールは走った。
”心臓が爆発しようと構うもんか”
出口に向かっているのかどうか、それだけが心配だった。なぜ誰も追ってこないのかも。
裸足の足の裏はもう血だらけだったが、シュールは気付かなかった。薄手の夜着で寒さを感じていた事も忘れていた。走った為と、チチの熱を帯びた身体を抱えている為に、かえって暑いくらいだ。
いつもは憎らしいアルビンの顔を、今は一刻も早く見たかった。チチを治せるのはアルビンだけだ。シュールには何も出来ない。何もしてやれない。
でもせめて、チチの口元の血を拭ってやればよかった。
どんなに揺られても、チチは意識を取り戻さない。
やがて森に終わりが見えて来た。向こうに見える明るいもの、あれが出口だ。
シュールは空いている右手の袖で、短剣を持ったまま涙を拭った。
「チチ、もうすぐだから。すぐにアルビンが治してくれるから」
それは自分に言い聞かせる為の言葉だった。
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