オンライン小説~銀の騎士~剣と魔法のファンタジー物語

銀の騎士続編

第6章~確信

オンライン小説~銀の騎士~剣と魔法のファンタジー物語

(6)

もう朝だというのにシュールもチチも起きてこない。疲れているのだろうとそのままにしていたが、シュールはともかくチチが起きてこないのはおかしい。アビがそう言うと、アルビンも首をひねった。

「念のため、様子を見に行きましょうか」

宿屋の一階にある食堂で、アルビンとアビはとっくに朝食を終えていた。今日は森に入るのに必要な装備をそろえたり、森の中に詳しい人を探して話を聞いたりしようということになっている。だから多少朝がのんびりだからといって、おかしくはない。ましてシュールは朝寝坊だし、寝起きも悪い。 だが、今までチチがこんなに寝坊する事は一度もなかった。
思い過ごしならそれでいいが、アビは嫌な予感がして仕方なかった。

予感は当っていた。
シュールの部屋には誰もいない。もぬけの殻だ。アビは不安で溜まらなくなった。

「早くチチの部屋を見に行かなくちゃ」
そう言いながら足がガクガクして、ヘナヘナとその場にしゃがみ込んだ。右手にしっかりアルビンの服を掴んでいるが、そうしていることに気付いていない。しかしアルビンは何かためらっていた。

「もしかしてシュールはあの声に捕らえられたんじゃ」
アビは震えが止まらなかった。
アルビンがやがて決心したように頷いた。もし本当にアビの言う通りだとしたら、手後れにならないうちになんとかしなければならない。だが昨夜アルビンは、精霊力の波動も不穏な気配も感じなかった。何かあったとは思いづらい。

ただの取り越し苦労だったら……

二人が疲れきって安穏な眠りを貪っているのなら、今日一日くらいそっとしておいてやりたい。今までずっと緊張のし通しだった。出発が一日遅れたからと行って誰も二人を責めはしないだろう。何と言っても二人はまだ子供だ。アビにも、もう少し休んでいるように言おうと思っていた。

確かにシュールは部屋にいない。が、衣服も靴もそのまま残っている。
もし別の意味で二人が心の平安を求めようとしているなら、それはそれで見ぬフリをして見守ってやりたい。二人は明らかに惹かれ合っている。一緒に眠りにつく事で安心感を得られるという事もあるだろう。不粋なマネはしたくない。そう思ってのためらいだったが、アビは何かを感じている。アビの方がずっとシュールやチチと絆が深い。アビの予感を信じた方が、今はよいような気がした。

アルビンは三度、チチの部屋をノックした。だが返事はない。鍵はかかっていなかった。ためらいながら扉を開ける。

「入りますよ」
一応レディの部屋だ。声をかけてから大きく扉を開いた。

しかし次の瞬間、アルビンの顔が蒼白になった。チチはいない。衣服も、マントさえない。

「ア、アルビン様。チチは、シュールはどこへ行ったの?」
アビは泣きそうだった。

”ためらっているなんて、私はなんて愚かだったんだろう。今からでも探索出来るだろうか。なぜ昨夜気付かなかったのか”

「アビ、村の人に二人を見なかったか聞いて来て下さい。私はここで足跡を探索します」
アビは大きく頷いて部屋から走り出た。
アルビンはチチの眠っていたベッドのくぼみに手をあてた。当然だが冷たい。目を閉じて昨夜の様子を探るように精霊力を辿る。

自分を過信しすぎていた。何かあってもすぐに気がつくはずだと思っていた。ほんの小さな違和感も見のがさないはずだとと信じていた。

シュールの衣服はなくなっていない。つまり夜着のまま姿を消したという事になる。シュールの部屋はアルビンの部屋と薄い壁を隔てたすぐ隣だ。何も物音はしなかったはずだ。物理的な力で連れ去られたわけではあるまい。そうするとアビの言う通り、悪しき力との絆によって連れ去られたとしか考えられない。しかし、もしそうだったらなら、かえって必ず気が付くはずだ。悪しき力の波動、精霊力の微細な動き、そういったものを、たとえ深い眠りについていたとしても、見逃がすはずはない。

だが、実際には気付かなかった。見逃してしまった。自分の失態の為にシュールを、そしてチチを窮地に追い込んでしまった。

アルビンはしばらく目を閉じたままじっとしていたが、やがて無表情にチチの部屋を出てシュールの部屋へ行った。

チチは精霊力を使っていなかった。自分の意志で、自分の足で出て行ったらしい。シュールを追ったのだろうか。チチは、シュールが連れ去られるのに気が付いたのだろうか。アルビンさえも気付かなかった微かな何かに。

自分の足で出て行ったものの探索より、なんらかの力が働いて動かされたものの探索の方が容易い。だからチチではなくシュールの足取りを追う方が懸命だ。

今、誰かがアルビンを見たら、昨年までの無表情で機械的で冷たい印象のアルビンに戻ってしまったと感じるかも知れない。そのことにアルビン自身は気付いていなかった。
シュールの部屋に僅かな痕跡が残っている。やはり、あの力だ。悪しき力とも言いがたい、精霊力とも言いがたい、だが、精霊力に酷似した力の残像が見えた。
これに気付かなかったと言うのか。信じられない。

追い詰められれば追い詰められる程、アルビンは表情をなくして行く。
皺一つない白い顔には、ほんの少しの動きもない。

頭の中に大きな地図が見える。あたかも鳥になって地上を見下ろしているようだ。どんどん天高く舞い上がり、それにともなって地図が全景をあらわして行く。
一ケ所だけ光っている。鈍い光だが、目的の場所に違いない。
鳥の目はその場所めがけて急降下する。背の高い針葉樹がてっぺんをこちらに向けて、すごい勢いで迫って来た。

アルビンはいきなり目をあけた。
「ギルの大森林」

そうつぶやいて部屋を出た。足取りは早い。
階下に行くとちょうど食堂のところで、戻って来たアビと行き会った。

「ダメです、アルビン様。誰も見てないって、誰も知らないって……」

アビは今にも泣き出しそうだ。アルビンにはなぜか、アビが見知らぬ少年に見えた。アルビンはアビに優しい言葉をかけてやる事もせず、一瞥もくれないでスタスタと宿屋を出て行く。早足だが急いでいるような感じは受けない。まるで地面を滑っているようだった。
アビは気持ちが動転しており、アルビンのおかしな行動を気にとめる余裕はなかった。

「どこへ行くんですか? 二人がどこにいるかわかったの?」

半分涙声で慌ててアルビンの後を追った。走っているのになかなか追い付かない。アルビンは姿勢を乱す事なく、それでも走るアビより早いスピードで村の外に出て行った。アビは付いて行くだけで精一杯で、何も考える事は出来なかった。

村から森の入り口まで、ほんの数分だ。ギルの大森林には大昔、コーリット側とロレーヌ側をつなぐ林道がつくられていたはずだ。だが、魔物が出始めてからは誰もそこを通らなかったので、今では道はなくなっていた。わずかに残る獣道だけが、かろうじて歩く事の出来る道だった。
今、アルビンはそのコーリット側の林道の出発点であった場所に立った。

両手を大きく前に突き出して、目を閉じて力を込める。精霊の僕である植物達は、僅かながらアルビンに道をあけた。その時、やっと追い付いて来たアビは、暗い暗い森の奥からすごい勢いで走ってくるものを見た。

――シュールだ!

「ア、アルビン様、シュールだ、あれ、シュールだよ」
ふとアルビンは我に返った。アルビンにも走ってくるシュールが見える。

”ああ無事だったのか……”
全身の力が抜けるような感覚、この感覚を安堵と呼ぶのだと初めてわかった。

「アビ、二人は怪我をしているようです。急いで宿に帰って部屋を暖かくして、それからお湯をたくさん湧かしてもらって下さい。毛布も二~三枚余分に貰って下さい」
アルビンの表情は暖かい。せき止められていた血が戻って来たようだ。

「はい!」

アビは息を弾ませそのまま村に走り戻った。二人がどんな様子か遠くてわからなかったが、アルビンには怪我をしているのがわかったのだろうか。その場に残って二人の無事な姿を確かめたかったが、アビはアルビンのいう通りにした。

シュールが走りやすいように、アルビンは手を降ろさず、そのまま森に精霊の言葉で話し掛けた。シュールとチチの為に道をあけてくれるように。シュールがチチをおぶっているのか担いでいるのかわからない。だが、二人とも生きている事だけは伝わって来た。

もし二人が死んでいたら、アルビンは自分を許す事ができなかっただろう。
いや、今はそんな事を考えている場合ではない。

二人の……特にチチの怪我は重大だと、遠くからでもすぐにわかった。

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